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島状遺構の系譜 - 保渡田古墳群 -

群馬県高崎市の保渡田古墳群には5世紀代の前方後円墳が3基あります。画像にあるように周濠内には円墳状構造物があります。考古学的には島状遺構と呼ぶそうです。祭祀のための空間と云われていますが、群馬でも考古学発掘で確認されたのは保渡田古墳群だけです

保渡田古墳島状遺構
群馬県高崎市保渡田古墳群の島状遺構(4個の円墳状構造物

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保渡田八幡塚古墳の島状遺構(復元展示)

 
個人的な仮説ですが、この古墳群の埋葬者は大王が派遣した畿内出身の移住者だと考えている。過去の記事で根拠は上げていますが、何れも状況証拠で直接証拠は少ない。しかし、島状遺構が畿内、西日本を中心とした系譜であるなら、有力な証拠になる可能性があります。あくまでも調べた範囲ですが、近畿地方と北関東を隔てる地域に島状遺構検出されていません。時間を掛けて伝播した文化なら東国全体に存在してもおかしくはない。もし氏族依存であるなら移住による出現が説明しやすい状況です。ただ、その場合は西日本にある該当古墳の被葬者を推定して関係性を証明する必要があります。それは単に同族である場合だけではなく、古墳形態の類似性が従属や同盟関係を表す場合もあるので簡単ではないでしょう。

墳丘変遷 2 
造出から島状遺構への変遷推定

自分で調べた範囲では、以下の14例の古墳に島状遺構が確認されています。うち2ヶ所は推定のようです。なお、日本では上図または造出を持つ古墳が100基ほど検出されているようです。14例はまでをカウントしています。③の墳丘から地続きの出島状遺構を入れたのは、島状遺構に変化する直前段階だと考えるからです。

①井出二子山古墳     群馬県高崎市井出町
②保渡田八幡塚古墳    群馬県高崎市保渡田町
保渡田薬師塚古墳(推定)   群馬県高崎市保渡田町
④正法寺古墳       愛知県西尾市吉良町
⑤佐紀陵山古墳      奈良県奈良市山陵町
⑥巣山古墳        奈良県北葛城郡広陵町
⑦誉田御廟山古墳(推定)      大阪府羽曳野市誉田
⑧津堂城山古墳      大阪府藤井寺市津堂
⑨宝塚1号墳        三重県松阪市宝塚町
⑩五色塚古墳       兵庫県神戸市垂水区
⑪金蔵山古墳       岡山県岡山市中区沢田
⑫湊茶臼山古墳      岡山県岡山市中区湊
⑬西都原46号墳       宮崎県宮崎市橘通東
内古墳        京都府園部町内林

日本地図白地図 
島状遺構検出古墳のプロット(14ヶ所)

【補足】
①畿内を起点に東西近距離に広がりを見せている。愛知県と岡山県までは文化伝播によ
 拡散と氏族依存両方が考えられるが、近畿圏で9基しかない状況は文化伝播では説明
 しにくい。群馬県の場合も移住による拡散の可能性が高いだろう。築造順序による拡散
 状況は後日確認する。

②保渡田古墳群は過去記事で布留物部氏と推定したが、島状遺構を持つ古墳の埋葬者出自
 については手掛かりを収集中。巣山古墳については葛城氏の墳墓説が根強くて自説には
 不利です。その他の古墳は今のところは物部と考えても矛盾はないが、本文で記述した
 ように同盟関係もありうる。特に畿内の古墳が大王墓であれば可能性がある。

③岡山県の金蔵山古墳と三重県の宝塚1号墳からは非常に珍しい導水施設形埴輪が出土し
 ている。水を用いた儀式を行う建物を表現している。井出二子山古墳被葬者の居館と
 いわれる三ツ寺遺跡でも導水構造を持つ水祭祀を行っていて共通性がある。岡山と三重
 の古墳埋葬者が、もし物部氏であれば有力証拠になりうる。

④宮崎県の西都原古墳群は古墳時代前期より近畿地方古墳の影響を強く受けていることが
 考古発掘によって確認されている。46号墳が文化拡散なのか、移住なのかは不明。

⑤以下は島状遺構を持つ古墳と出土品の参考画像。

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津堂城山古墳と島状遺構(藤井寺市HPより)

津堂城山古墳内濠に造られた方墳状の祭壇施設 
津堂城山古墳の島状遺構(藤井寺市HPより)
※弥生時代の四隅突出形墳丘墓に類似

巣山古墳出島状遺構4 
巣山古墳墳丘図 (広陵町HP)
※弥生時代の四隅突出形墳丘墓に片面が類似


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巣山古墳出島状遺構 (広陵町HPより)

五色塚古墳島状遺構 
五色塚古墳の島状遺構(Googleより)

宝塚1号墳出島状遺構 
宝塚1号墳の出島状遺構(wikiより)

宝塚1号墳水祭祀形象埴輪 
宝塚1号墳の導水施設埴輪(滋賀報知新聞記事より)

宝塚1号墳出土_囲形埴輪_(導水,_内部) 
宝塚1号墳出土の導水施設と井戸施設埴輪(wikiwandより)

金蔵山古墳島状遺構 
金蔵山古墳の島状遺構(手前岩盤部)
※岡山県観光案内サイト「たびおか」より

金蔵山古墳導水施設埴輪 
金蔵山古墳の水祭祀施設の埴輪(底にある溝が水路を表す)
※岡山市埋文の金蔵山古墳発掘調査説明会の展示品
※本画像はyahooブログ「だ~~~ィ好き」様からの承認引用です



造出を研究している学者の論文を読んでみると、以下のような推論がある。
■造出を持つ古墳は大王にを提供したことによる外戚氏族への敬意を表して
 設置が慣習的に認められていた
■大王に出仕して貢献した地方出身者への敬意を表して設置が認められていた
 (杖刀人である行田稲荷山古墳や典曹人の江田船山古墳にも造出がある)

これら説は、私が推定した氏族が持つ葬送文化や同盟関係による現象とは観点が異なっている。細かい古墳造営仕様にまで政権の管理が及んでいたのか疑問もありますが、説得力はあると思います。研究者の推定も、古墳埋葬者と大王との信頼関係が深い事は共通している。自説の「大王の指示で地方統治のために派遣れた氏族」という見方も、信頼があるからこその派遣であり、少なくとも矛盾はしていない。これらの見解のどれが正しいのか現時点では分からない。しかし、島状遺構出島状遺構は造出の発展形と考えられますから、出現理由も同じように考えればよいのかも知れません。
なお、行田稲荷山古墳井出二子山古墳については、まったく別の観点から被葬者は大王が派遣した氏族移住者であると過去記事で論証している。本稿のテーマとした古墳形態も仮説を補強する材料になるかも知れません。前述の14例の古墳については引き続き調べていきます。




【参考・引用】
■早稲田大学論文リポジトリー日本古墳の構造研究「造出論」 沼澤豊
■発掘調査概要 巣山古墳の調査成果            井上義光
■画像     画像に付記した各サイト

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