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東国の古代史

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2019-10-12 (Sat)  05:30

古墳石室の構造変化(2/5) - 石室変化の要因と力学解析 -

前稿からの続きです。

(3)石室変化の環境要因
胴張型石室が特定の渡来系氏族と無関係に発展し、導入されていったとすれば、その契機・要因とは何なのか、推定を交えて考えてみます。先ずは私の考える環境要因です。

①古墳の小型化
近畿圏では6世紀後半から薄葬の流れが始まり、7世紀中期には朝廷から薄葬令が発布されて大型古墳は規制されていきます。薄葬令がどのように地方まで浸透したかは定かではないが、上毛野地方では、畿内で大型古墳が造られなくなってからも暫くの間は大型古墳が造られました。しかし、地方でもやがて古墳は急速に小型化していきます。きっかけは限られた地域に大型古墳を造り続ければ、やがて土地はなくなり、耕作地の確保にも支障が出てきます。その結果、合理的に考え、古墳を小型化したり、耕作地から離れた丘陵地などに移していくようになったと考えます。藤原京平城京もその都市構築において古墳をいくつも壊したり移築したりして土地を確保したことが分かっています。既に過密になりすぎていたのでしょう。しかし、墳墓が権威の象徴という文化はしばらくは続いたと思います。古墳は小型化しても石室自体が比例して小さくなる訳ではない。むしろコンパクトな墳丘に対して石室は相対的に大きなものとなっていきます。権力のある者は小型化の分、石室構造面から質の向上を図っていったと考えます。緻密な積石、精緻な切石の採用、装飾等です。奈良県明日香村にある古墳時代後期の石舞台古墳などは巨石に目が奪われがちです。多大な工数が掛かっているのは伝わってきますが、造形の質として見た場合には大雑把な造りと言う見方も出来ます。

 
古墳石室の構造変化22
 石舞台古墳の玄室


②石室材料の変化
石室を古墳時代中期のように巨大な石だけで造っていけば、その構築のための労力や期間は非常に大きくなります。薄葬令の主旨は土地の無駄使いだけではなく、労働力の徴収という民衆に負担のかかる習慣の改革であったと考えます。民衆に過剰な負担を強いれば、税収対象である民衆の生産力に影響が出るからです。そこで、石室の材料は身近で確保できる石材に変化していったでしょう。例えば、河原の石であったり、火山の噴火で出来た石を加工して積み上げる文化です。該当地方の環境条件に合った独特の構築技術が生まれていったと考えます。古墳築造労力の縮小・適正化という考えが、律令制度の構想の中で現れて制度化していったと思われます


③追葬墓の普及による石室の大容量化
古墳の埋葬主体部は、古墳時代前期~中期では竪穴式でした。同一古墳に追葬する場合は、墳丘の別な場所に埋葬部を造ることになります。これは墳丘が大きければこそ可能であった対応方法です。中後期に入って横穴式が出現すると同じ石室内に埋葬することが可能になります。しかし、追葬にはある程度の石室容量が必要です。古墳の全体の小型化の推移に反して石室は大きさが求められたということです。空間が大きくなれば、単純に考えても構造的に弱くなりやすい事は想像できます。小さな材料で、強度のある大きな空間を作るという新たな課題が胴張型石室に向かわせた可能性があります。


④古墳築造職人の専任化による技術集積・向上
以上3点とは観点が異なるが、古墳時代も後期になると、墳丘規模は小さくなっても技術的には高度化していきます。造墓に関わる人達も初期においては、地域住民の労力提供と古老の知識で対応してきたと考えますが、その技術が高度化してくると難しくなってきたと思います。また、一般の農民が造墓に関われるのは農閑期にしか対応出来なかったと思う。でも、専任化すれば時期的な制約からも開放されます。そこで、造墓を職掌とする専門技術集団が現れてきたのではないかと考えています。墳墓の築造に関わる職人が専任化すれば、技術が継承されるだけでなく、経験の積み重ねで技術の改革、進歩が期待できます。



(4)石室の構造力学解析法
さて前述したような環境要因から胴張型石室はどのように進化したのか、具体的な根拠を上げながら述べていきたい。しかし、単に言葉による推測説明だけでは説得力がありません。そこで、古墳築造を構造力学面から研究している研究者の実験結果を交えて見ていきたいと思います。関西大学工学部土木工学科では、過去に古墳石室の構造形式と築造手法をモデル化し、個別要素法という手法でシミュレーションして古墳築造方式の構造力学的な解析を行っている。下の図が解析モデルの一例です。 
古墳石室の構造変化6
解析モデル模式図


古墳石室の構造変化24
モデルとなった岩谷古墳の外観と断面構造


このモデルは山口県下関市にある岩谷古墳の構造をモデルに採用しているという。横穴式石室を持つ小さな古墳らしいが、壁材の積み上げ時に持ち送りという技法が使われている。石室材は面を平らにした石を積み上げた構造で、積む時に石を内部側にずらす事によりアーチ状に積み上げていく。断面図だけでは分かりづらいと思うが、胴張型の石室に近いモデルともいえる天井には大型の天井石が乗っています。その他、積み上げた石材間の摩擦係数と盛り土を構成する粒子間の摩擦係数等をモデル値として定数化しています。

個別要素法とは土木工学分野などで応用されている構造物の力学的な挙動を数学的に実験する手法です。私もシミュレーション手順をプログラミングレベルで理解できていないので、詳しい説明はできませんが、概要だけ記載しておきます。
構造物の挙動を机上実験するには、解析対象モデルを構成する要素、例えば古墳であれば、盛り土の粒や石室材の石などが自由に運動できる仮想的な、円形・球体・多角形の集合体として考えます。それらの各要素(砂粒や石片)を運動方程式で表せば、方程式を時間経過で積分計算して動き方を机上で実験することができます。具体的には以下の手順をプログラミングして実行します。②~④の間をループさせて時系列の逐次挙動を追跡しています。

古墳石室の構造変化23

本稿で紹介してるモデルは2次元個別要素法という最も単純なものです。補足しますが、この解析では、石室の構築手順も解析要素として推定し、前提としています。具体的にいうと、石室には壁石の積み上げと同時に石室内に土砂を充填していき、壁石の安定を保った状態で天井石を乗せ、後で土砂を取り除くという方式です。この手順を踏まないと、天井石移動中の荷重は不均衡に石室壁面に掛かり、最終位置に来る前に壁面は崩壊してしまいます。この工程を経た上で、内部の土砂を除去した瞬間を起点として、墳丘の土圧と天井石が及ぼす応力によって地下空間となった石室がどんな変化を起こすかをシミュレーションしている訳です。
 
 

次回に続く



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No Subject * by ViVid Mr.K
こんにちは。。。
古墳はいつも何かのついでや、神社の敷地にあったりしますと見ることはあるのですが、石室にも色々な造り方があるのですね・・・
勉強になります。。。
お邪魔いたしました。。。

Re: No Subject * by 形名
ViVid Mr.K さん、こんにちは。コメントありがとうございます。

私も古墳めぐりの経験は少ないのですが、北関東だけ見ても石室のバリエーションは多いですね。
特に古墳時代後期と呼ばれる6世紀以降になると、地域に特化した材質や構築方法が採用されているようです。
古墳めぐりを趣味としている人もいますが、そんなところが面白いのかも知れませんね。

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No Subject

こんにちは。。。
古墳はいつも何かのついでや、神社の敷地にあったりしますと見ることはあるのですが、石室にも色々な造り方があるのですね・・・
勉強になります。。。
お邪魔いたしました。。。
2019-10-13-00:12 * ViVid Mr.K [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: No Subject

ViVid Mr.K さん、こんにちは。コメントありがとうございます。

私も古墳めぐりの経験は少ないのですが、北関東だけ見ても石室のバリエーションは多いですね。
特に古墳時代後期と呼ばれる6世紀以降になると、地域に特化した材質や構築方法が採用されているようです。
古墳めぐりを趣味としている人もいますが、そんなところが面白いのかも知れませんね。
2019-10-13-08:12 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]