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東国の古代史

Top Page › 歴史文化 › 和算の大家、関孝和(1)
2015-05-17 (Sun)  23:51

和算の大家、関孝和(1)

世界の天才数学者といえば、
■アルキメデス
■アイザック・ニュートン
■カール・フリードリヒ・ガウス
あたりが有名です。

近代数学の基礎が確立した17世紀以降に限定するなら、
■アイザック・ニュートン
■カール・フリードリヒ・ガウス
■ゴットフリート・ライプニッツ
■レオンハルト・オイラー
あたりではないだろうか。

残念なことに日本の数学者の名が上がることはない。数学という学問は、エジプト、メソポタミア、インド、ヨーロッパ、中国などあらゆる文明地域で独自に発達したが、近世になって急激な進歩を遂げたのはやはりヨーロッパ地域の数学でしょう。

西洋数学に対して日本には江戸時代に発達した和算という学問がある。日本の数学は7~16世紀に中国から伝わった知識に影響を受けているのは事実です。特に中国から伝わった数学書『算学啓蒙』(1299年)と『楊輝算法』(1275年)、『算法統宗』(1592年)は日本の和算の出発点になったようです。ただ、江戸時代の進歩は単に知識を発展させただけではなく、新たな発見、発明が多数あった。日本においても和算という独自文化の中で急激な進歩を遂げていたようです。

その代表的な数学者が『 関孝和(せきたかかず)』です。生年は不明だが、1640年頃~1708年の生涯を送っています。 この学者の事績を読んでみると日本人にも凄いやつがいたんだと思えてきます。西洋の数学者に勝るとも劣らない学者だったようです。にも関わらず、その業績が世界に広まることなく長く埋もれてきたのは、よく云われるように日本の鎖国政策が大きな原因でしょう。
もしも、関孝和が明治以降に生まれていたらどうであったろうかと思います。諸外国の進歩に触れる機会があったなら、刺激を受け、また別な業績を残し、更には世界に業績を発信していたのではないかと想像してしまいます。冒頭の世界の天才数学者としてあるいは名を連ねていたかも知れませんね。



             群馬県藤岡市にあるブロンズ像


彼の業績は本人の著作と弟子達の多数の著作によって確かめられるが、代表的なものを幾つか紹介します。

①円周率の計算
孝和の事績研究でよく知られているのが円周率の計算でしょう。円周率を求める方法はアルキメデスの時代に発明されていました。その方法は、円に内接する正多角形の角数を徐々に増やしていき、その辺の長さを計算して近似するというものだった。角数が無限に増加すれば円になるという考え方ですね。日本で円周率の計算を行った関孝和は『括要算法』という本にその方法論が記述されている。








考え方は円に内接する正4角形、正8角形、正16角形・・・・と周の長さを順次求めていくところは同じようだ。しかし、彼は各々の多角形の周長は等比数列となる事を証明し、その等比数列が収束(ある一定値に限りなく近づくこと)するときの方程式を導き出している。
関孝和の行った計算法は現代では加速法と云われる演算方法らしい。この方法で11桁(実際は16桁)の円周率を導き出している。単に膨大な計算を行ったのではなく、少ない計算量で円周率を近似計算するために等比数列の収束を速めるアルゴリズムを導き出していたのだ。

関孝和の業績研究は日本では遅れていたらしく、彼のアルゴリズムの性質は最近になってフランス人によって指摘され、周知となったそうです。西洋でこの加速法が発見されるのは、関孝和の発見から約200年後の1876年というから恐ろしく先進性があったという事です。


次回に続く


【参考・引用情報】
・ホームページ「江戸の数学」
・ウィキペディア「関孝和」他
・ホームページ「江戸の科学者列伝」
・集英社文庫 「夢中になる江戸の数学」 桜井進署




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