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東国の古代史

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2019-03-01 (Fri)  07:06

若宮八幡北古墳- 群馬県で唯一の複突出墳 -《高崎市》

以下は私が知る群馬県のホタテ貝式古墳一覧です。削平、埋戻しされている5基を除いて現地踏査しています。群馬県のホタテ貝式古墳は少なくとも数十基以上はあるようです。特に東毛地方に多い傾向があるように見えます。

女体山古墳(太田市)           全長約105m(ホタテ貝式)
②丸塚山古墳(伊勢崎市)       全長約81m(ホタテ貝式)
③長者屋敷天王山古墳(高崎市削平)    全長64m(造り出し付きorホタテ貝式)
④赤堀茶臼山古墳(伊勢崎市)      全長59m(ホタテ貝式)
⑤亀塚山古墳(伊勢崎市)       全長60m(ホタテ貝式)
⑥古海原前1号古墳(邑楽郡大泉町)    全長37m(ホタテ貝式) 
⑦沢野村77号墳(太田市)         全長46m(ホタテ貝式)
⑧地蔵山古墳(伊勢崎市)           全長60m(ホタテ貝式)
⑨塚廻り4号(太田市)          全長23m(ホタテ貝式)
⑩大室古墳群M1号墳(前橋市)               全長37m(ホタテ貝式)
⑪剣崎長瀞西古墳(高崎市)        全長30m(ホタテ貝式)
⑫情報団地古墳群(高崎市4基埋戻し) 全長30~40m(ホタテ貝式)
⑬若宮八幡北古墳(高崎市半壊)          全長46mホタテ貝式複突出墳


若宮八幡北古墳12 
群馬県最大のホタテ貝式古墳である女体山古墳105m
(群馬県太田市の太田天神山古墳の陪塚)


ホタテ貝式と一口に言っても方部は四角だったり、バチ形だったり色々な形状があります。本稿では特殊な形のホタテ貝古墳を紹介します。
正式な形式名称は複突出墳という。ホタテ貝式の墳形にさらに突出部が付加された古墳です。全国でも確認されてるのは15基程度?しかないようで、殆どが近畿地方に集中しています。関東で確認されているのは、東京と宇都宮の各一基と、一覧最後に記載した高崎市の若宮八幡北古墳のみかも知れません。1974年に発掘調査されているが、墳丘形態は特異で群馬県では類例がない。被葬者は畿内からの移住者の可能性があると思います。なお、付加されている突出部祭祀用エリアと考えられているそうです。前方後円墳のくびれ部に造り出しがあるのと同じ機能だと思われる。元々、方部も祭祀用という説があるが、使い分ける意味があるのでしょう。


名 称  若宮八幡北古墳若宮古墳群)
所在地 高崎市八幡原町若宮2145
築造年代 5世紀後半~末
墳 形   複突出墳、後円部は2段築成 
墳長   全長46.3m 
      後円部:南北35.6m、東西35.8m
      前方部:長さ10.7m、幅17.6m、くびれ部幅9.5m 
      造出 :長さ3.6m、前端幅14.9m
      ※墳丘は後円部の約1/3が残るのみ
周溝全体長 周溝あり、南北71.5m、東西66.6m
      周掘りの外側に幅約8mの周堤帯が全周にあり
葺石    あり
埴輪列  円筒埴輪(後円部基壇平坦面に二重に弧を描いて設置
        形象埴輪 家2個体、蓋5個体、盾持ち人9個体、人物10個体等
埋葬主体   竪穴式
石棺       舟形石棺、両小口に各2個の縄掛突起、全長182㎝、幅76㎝、人骨
       棺の内側は朱塗り
        ※舟形石棺の発見は1911年(明治44年)で所在は不明
副葬品    珠文鏡1(径7㎝)、大刀1、管玉13、小玉3、鉄鏃7    


若宮八幡北古墳13 
若宮八幡北古墳の測量図(下にあるの通常方部で左側にあるのが突出部)

複突出墳でも形状や突出部の位置はさまざまです。以下は事例です。
左から、
・群馬県の若宮八幡北古墳46m
・東京都にある野毛大塚古墳66m
・奈良県にある乙女山古墳107m
・三重県にある神前山1号墳29m
突出部の位置は何か意味があるんですかね?

若宮八幡北古墳10 
複突出墳事例




以下は発掘中の若宮八幡北古墳。石棺以外は1974年の画像。

若宮八幡北古墳4 
手前左が方部、左奥に突出部が見える。貫通する農道は現在ある道と同じ位置

若宮八幡北古墳6 
方部を横から見たところ

若宮八幡北古墳7 
墳丘基壇面の円筒埴輪列

若宮八幡北古墳5 
葺石は非常に丁寧に貼ってあり、労力を掛けているそうです

若宮八幡北古墳8 
1911年(明治44年)に完全な形で出土した舟形石棺であるが所在不明



若宮八幡北古墳11 
現地の古墳位置(高崎市八幡原町若宮2145番地)


若宮八幡北古墳2 
右側が方部と突出部のある部分。後円部の左側2/3は削平されている
現在でも約2mの高さがある(20190112撮影)

若宮八幡北古墳1 
残存墳丘の左側に方部があるが現状では確認出来ない(20190112撮影)
(南東より北西を撮影)

若宮八幡北古墳9 
上画像に墳丘目安線追加




【参考・引用】
■早稲田大学論文リポジトリー日本古墳の構造研究「帆立貝古墳論」 沼澤豊
■高崎市史「墳丘データ、発掘画像(白黒)」      資料編1原始古代Ⅰ




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No title * by マサソイト
おはようございます<(_ _)>
群馬県に帆立貝式古墳があるのを初めて知りました。
しかしここも削平されてるなんて😨
帆立貝式古墳といえばやはり
馬見古墳群中群の乙女山古墳を思い出します。
それと池上古墳と佐味田狐塚古墳も。
あと巣山古墳の被葬者について書かれている本の記事はこちらです。

https://blogs.yahoo.co.jp/masasoitom/15686129.html

No title * by 形名
> マサソイトさん,こんにちは。
むかし、古墳巡りを始めた頃、ホタテ貝の形が気になって群馬東部のホタテを求めて歩いたことがありました。畿内にはやはり、この形が多いのですね。でも若宮八幡が複突出墳でホタテでも珍しいタイプと知ったのは比較的最近です。このような数少ないタイプは被葬者の推定に役立つので、何れ畿内のこの形を持つ古墳も調べようと思ってます。
書籍の紹介ありがとうございます。読んでいないので購入できるか探してみます。島状遺構も古墳の系譜を探る上できっと役立つと思っています。

No title * by 上州の人
群馬県のホタテ貝型古墳でここに載っていないのは知っているのは以下の古墳です。
塚廻り1、2、3、10号墳(太田市)
阿弥陀山古墳(前橋市)
大室古墳群M1号墳(前橋市)
月田地蔵塚古墳(前橋市)
剣崎長瀞西古墳(高崎市)
上芝古墳(高崎市)
生品遺跡1号墳(東吾妻町)→ホタテ貝型古墳では県内最北端
古海松塚古墳、古海天神山古墳(大泉町)
高徳寺東古墳(大泉町)
......などです。他にもマイナーなため書かなかった古墳や未発見、未調査なために形の分からないものを含めると群馬にも60基前後はあるんじゃないでしょうか?

No title * by 形名
> 上州の人さん、はじめまして。コメントありがとうございます。
大室M1と剣崎は私も昔見学したことがありました。記載漏れでした。その他の古墳はまだ見たことがありません。私も10年くらい前にリストアップしたことはあるのですが、掲載したのは現地確認したものだけです。もし60基程度あるとすると確かに少ないとは言えませんね。また円墳の中には摩滅で突出部が消えてるものもあるでしょうね。西部が少ないという傾向はあるように思えますが。記事の「数が少ない」というのは訂正しておきます。複突出墳については他に検出例はありませんでしたか。こちらは時間を掛けて調べていなかったので・・・情報ありがとうございました。

No title * by 上州の人
複突出墳は、、、 多分、群馬県には類例はないと思います。
しかし、北毛地域や西毛地域(一部を除く)にはホタテ貝型古墳はほとんどないです。6世紀頃群馬県の政権の中心部だった藤岡市でも、ここ形の古墳は今のところ確認されていません。逆に、少し前の5世紀頃の政権の中心部の伊勢崎市と太田市は、他と比べ物にならないくらい多くのホタテ貝型古墳が作られました。
どうやら群馬県のホタテ貝型古墳は6世紀になって廃れてしまったようです。

No title * by 形名
> 上州の人さん、こんにちは。
やはり複突出墳はないですか。下郷天神塚古墳の記事の中に若宮のあたりの円墳写真が写ってますが、ひょっとしたら、この中に複突出墳があったかも知れませんが、みな調査されずに削平されたでしょうね。ひとつお墓になって残ってますが、もう墓石が一杯で掘るのは無理でしょう。
藤岡の猿田古墳群にも円墳が沢山あったようですがホタテは聞かないですね。私は東毛と西毛中毛は氏族出自が違うと見てるのですが、ホタテを証拠の一つに上げられればいいと思うのですがね。

No title * by 上州の人
その、後半に書かれている藤岡の猿田古墳群ですが、
名前の由来となった猿田古墳、今は削平されましたが、伊勢塚古墳と同じ、模様積みの古墳です。
以下は自分が知っている模様積みの石室をもつ古墳です。
伊勢塚古墳 藤岡市上落合 石室内見学可能
猿田古墳 藤岡市白石字猿田 破壊
藤岡市200号墳 藤岡市下戸塚 破壊
平地神社古墳 藤岡市中大塚 石室閉鎖
若宮A号墳 高崎市八幡原町若宮 破壊
玉村町8号墳 佐波郡玉村町角淵 破壊
伊勢塚古墳と平地神社古墳はまだ残っているので、ぜひ訪れてみてください。

No title * by 上州の人
自分も、ホタテ貝型古墳の分布については前から気になってはいましたが、やはり気になっている方はいるのですね。
僕は、政権の中心部を考えています。下は、自分の考えている候補地です。
4世紀 前橋市広瀬川右岸、渡良瀬川流域
5世紀 太田市金山南部~高崎市八幡原町付近までの地域
6世紀 藤岡市鮎川流域
このうち、前橋を除くと中心地が西に動いているように思えるのですが、何か理由があったのでしょうか。

No title * by 上州の人
あと、この記事ではないのですが、以前、東国の古代史様が投稿された、白石稲荷山古墳についてなのですが、墳丘の長さがバラバラな理由がわかりました。
白石稲荷山古墳には、2段の墳丘以外にも古墳造成のため形を整形した言わば基段のようなものがあります。その長さを入れると175m、墳丘のみが140mになります。これが原因です。(35mも差があるのは、整形した段が南西方向に伸びているから)

No title * by 形名
> 上州の人さん、こんにちは。
群馬大学の故尾崎喜左雄博士が猿田古墳は伊勢塚古墳を凌駕する模様積み石室だと称賛してましたね。見たかったです。でも削平された場所が正確に分からない。ラブホの近くだと思うのですが。
残ってる藤岡の2つの古墳はよく知ってます。特に伊勢塚は遠方見学者が来てますね。天井のカマドウマが気持ち悪いが、石が濡れてる時に行くと特に綺麗でした。平地は鉄柵越しですがやや荒かったような記憶です。猿田古墳や若宮A号墳は画像を探しましたが出てきませんね。削平が古いせいか。

No title * by 形名
> 上州の人さん
群馬県の首長層の変遷については難しいですね。群馬の古い歴史学者の意見だとみな、上毛野氏にされていますけど、私は意見が違います。簡潔に纏めた記事がないのですが、以下の記事には私の考えが書いてあります。長いので暇があった時に読んでみてください。
・豪族居館・水祭祀の発祥(1~5)・・・東国史考フォルダ
・古墳時代前史(9) -オワリ族分布概観-・・・東国遺跡考フォルダ

No title * by 形名
> 上州の人さん
白石稲荷山古墳長のばらつきの話、ありがとうございます。元々緩やかな丘陵地ですから、墳丘基壇面のとり方が調査者によって違うのかなと想像はしていたのですが、そういう事でしたか。ありがとうございます。

No title * by 形名
> 訂正
・古墳時代前史(9) -オワリ族分布概観-・・・東国史考フォルダです。
・上毛野氏とは何者か?(1~5執筆中)はテーマがやや違うのですが、関連した話が書いてあります。

No title * by 上州の人
そういえば、東国の古代史様は玉村町付近の古墳には行かれたのですか?行くとすれば、僕は、次の古墳をおすすめします。
軍配山古墳 円墳
梨ノ木山古墳 円墳か前方後円墳
小林山古墳 前方後円墳
箱石浅間山古墳 八角形墳
玉村町15号墳 円墳
、、、です。

No title * by 上州の人
その箱石浅間山古墳に関連して、群馬県にはなぜか珍しい形の古墳が多いです。
三津屋古墳 八角形墳 吉岡町
一本杉古墳 八角形墳 高崎市吉井町
箱石浅間山古墳 八角形墳 玉村町箱石
小林14号墳 上円下方墳? 桐生市小林
若宮八幡北古墳 複突出墳 高崎市八幡原町
十王東古墳 長方形墳(34m×9m) 安中市嶺

No title * by 形名
> 上州の人さん
三津屋古墳、一本杉古墳は見学しました。公開していませんが、八角墳は記事を書きかけているので取材してます。基本的に被葬者の出自や人物像とかの記事を書く時に出かけて見てきます。軍配山古墳、梨ノ木山古墳は記事もないのですが、自転車ツーリングで近くを通るので見てますね。八角墳とか下方上円墳は復元整備されていないと私らのような素人には区別できないです。伊勢塚も疑っていたのですが、八角墳と記載されてる史料が多いですね。

No title * by 上州の人
伊勢塚古墳は基段が八角形(不整形)、墳丘自体が円のようです。

No title * by 形名
> 上州の人さん、
なるほど下方八角上円墳というやつですね。

No title * by 上州の人
古墳にもたくさんの種類がありますね。

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おはようございます<(_ _)>
群馬県に帆立貝式古墳があるのを初めて知りました。
しかしここも削平されてるなんて😨
帆立貝式古墳といえばやはり
馬見古墳群中群の乙女山古墳を思い出します。
それと池上古墳と佐味田狐塚古墳も。
あと巣山古墳の被葬者について書かれている本の記事はこちらです。

https://blogs.yahoo.co.jp/masasoitom/15686129.html
2019-02-21-08:25 * マサソイト [ 編集 * 投稿 ]

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> マサソイトさん,こんにちは。
むかし、古墳巡りを始めた頃、ホタテ貝の形が気になって群馬東部のホタテを求めて歩いたことがありました。畿内にはやはり、この形が多いのですね。でも若宮八幡が複突出墳でホタテでも珍しいタイプと知ったのは比較的最近です。このような数少ないタイプは被葬者の推定に役立つので、何れ畿内のこの形を持つ古墳も調べようと思ってます。
書籍の紹介ありがとうございます。読んでいないので購入できるか探してみます。島状遺構も古墳の系譜を探る上できっと役立つと思っています。
2019-02-21-13:19 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

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群馬県のホタテ貝型古墳でここに載っていないのは知っているのは以下の古墳です。
塚廻り1、2、3、10号墳(太田市)
阿弥陀山古墳(前橋市)
大室古墳群M1号墳(前橋市)
月田地蔵塚古墳(前橋市)
剣崎長瀞西古墳(高崎市)
上芝古墳(高崎市)
生品遺跡1号墳(東吾妻町)→ホタテ貝型古墳では県内最北端
古海松塚古墳、古海天神山古墳(大泉町)
高徳寺東古墳(大泉町)
......などです。他にもマイナーなため書かなかった古墳や未発見、未調査なために形の分からないものを含めると群馬にも60基前後はあるんじゃないでしょうか?
2019-02-23-23:56 * 上州の人 [ 編集 * 投稿 ]

No title

> 上州の人さん、はじめまして。コメントありがとうございます。
大室M1と剣崎は私も昔見学したことがありました。記載漏れでした。その他の古墳はまだ見たことがありません。私も10年くらい前にリストアップしたことはあるのですが、掲載したのは現地確認したものだけです。もし60基程度あるとすると確かに少ないとは言えませんね。また円墳の中には摩滅で突出部が消えてるものもあるでしょうね。西部が少ないという傾向はあるように思えますが。記事の「数が少ない」というのは訂正しておきます。複突出墳については他に検出例はありませんでしたか。こちらは時間を掛けて調べていなかったので・・・情報ありがとうございました。
2019-02-24-09:30 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

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複突出墳は、、、 多分、群馬県には類例はないと思います。
しかし、北毛地域や西毛地域(一部を除く)にはホタテ貝型古墳はほとんどないです。6世紀頃群馬県の政権の中心部だった藤岡市でも、ここ形の古墳は今のところ確認されていません。逆に、少し前の5世紀頃の政権の中心部の伊勢崎市と太田市は、他と比べ物にならないくらい多くのホタテ貝型古墳が作られました。
どうやら群馬県のホタテ貝型古墳は6世紀になって廃れてしまったようです。
2019-02-25-08:59 * 上州の人 [ 編集 * 投稿 ]

No title

> 上州の人さん、こんにちは。
やはり複突出墳はないですか。下郷天神塚古墳の記事の中に若宮のあたりの円墳写真が写ってますが、ひょっとしたら、この中に複突出墳があったかも知れませんが、みな調査されずに削平されたでしょうね。ひとつお墓になって残ってますが、もう墓石が一杯で掘るのは無理でしょう。
藤岡の猿田古墳群にも円墳が沢山あったようですがホタテは聞かないですね。私は東毛と西毛中毛は氏族出自が違うと見てるのですが、ホタテを証拠の一つに上げられればいいと思うのですがね。
2019-02-25-10:06 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

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その、後半に書かれている藤岡の猿田古墳群ですが、
名前の由来となった猿田古墳、今は削平されましたが、伊勢塚古墳と同じ、模様積みの古墳です。
以下は自分が知っている模様積みの石室をもつ古墳です。
伊勢塚古墳 藤岡市上落合 石室内見学可能
猿田古墳 藤岡市白石字猿田 破壊
藤岡市200号墳 藤岡市下戸塚 破壊
平地神社古墳 藤岡市中大塚 石室閉鎖
若宮A号墳 高崎市八幡原町若宮 破壊
玉村町8号墳 佐波郡玉村町角淵 破壊
伊勢塚古墳と平地神社古墳はまだ残っているので、ぜひ訪れてみてください。
2019-02-25-15:25 * 上州の人 [ 編集 * 投稿 ]

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自分も、ホタテ貝型古墳の分布については前から気になってはいましたが、やはり気になっている方はいるのですね。
僕は、政権の中心部を考えています。下は、自分の考えている候補地です。
4世紀 前橋市広瀬川右岸、渡良瀬川流域
5世紀 太田市金山南部~高崎市八幡原町付近までの地域
6世紀 藤岡市鮎川流域
このうち、前橋を除くと中心地が西に動いているように思えるのですが、何か理由があったのでしょうか。
2019-02-25-15:39 * 上州の人 [ 編集 * 投稿 ]

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あと、この記事ではないのですが、以前、東国の古代史様が投稿された、白石稲荷山古墳についてなのですが、墳丘の長さがバラバラな理由がわかりました。
白石稲荷山古墳には、2段の墳丘以外にも古墳造成のため形を整形した言わば基段のようなものがあります。その長さを入れると175m、墳丘のみが140mになります。これが原因です。(35mも差があるのは、整形した段が南西方向に伸びているから)
2019-02-25-16:16 * 上州の人 [ 編集 * 投稿 ]

No title

> 上州の人さん、こんにちは。
群馬大学の故尾崎喜左雄博士が猿田古墳は伊勢塚古墳を凌駕する模様積み石室だと称賛してましたね。見たかったです。でも削平された場所が正確に分からない。ラブホの近くだと思うのですが。
残ってる藤岡の2つの古墳はよく知ってます。特に伊勢塚は遠方見学者が来てますね。天井のカマドウマが気持ち悪いが、石が濡れてる時に行くと特に綺麗でした。平地は鉄柵越しですがやや荒かったような記憶です。猿田古墳や若宮A号墳は画像を探しましたが出てきませんね。削平が古いせいか。
2019-02-25-16:31 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

No title

> 上州の人さん
群馬県の首長層の変遷については難しいですね。群馬の古い歴史学者の意見だとみな、上毛野氏にされていますけど、私は意見が違います。簡潔に纏めた記事がないのですが、以下の記事には私の考えが書いてあります。長いので暇があった時に読んでみてください。
・豪族居館・水祭祀の発祥(1~5)・・・東国史考フォルダ
・古墳時代前史(9) -オワリ族分布概観-・・・東国遺跡考フォルダ
2019-02-25-16:50 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

No title

> 上州の人さん
白石稲荷山古墳長のばらつきの話、ありがとうございます。元々緩やかな丘陵地ですから、墳丘基壇面のとり方が調査者によって違うのかなと想像はしていたのですが、そういう事でしたか。ありがとうございます。
2019-02-25-17:04 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

No title

> 訂正
・古墳時代前史(9) -オワリ族分布概観-・・・東国史考フォルダです。
・上毛野氏とは何者か?(1~5執筆中)はテーマがやや違うのですが、関連した話が書いてあります。
2019-02-25-17:10 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

No title

そういえば、東国の古代史様は玉村町付近の古墳には行かれたのですか?行くとすれば、僕は、次の古墳をおすすめします。
軍配山古墳 円墳
梨ノ木山古墳 円墳か前方後円墳
小林山古墳 前方後円墳
箱石浅間山古墳 八角形墳
玉村町15号墳 円墳
、、、です。
2019-02-25-20:38 * 上州の人 [ 編集 * 投稿 ]

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その箱石浅間山古墳に関連して、群馬県にはなぜか珍しい形の古墳が多いです。
三津屋古墳 八角形墳 吉岡町
一本杉古墳 八角形墳 高崎市吉井町
箱石浅間山古墳 八角形墳 玉村町箱石
小林14号墳 上円下方墳? 桐生市小林
若宮八幡北古墳 複突出墳 高崎市八幡原町
十王東古墳 長方形墳(34m×9m) 安中市嶺
2019-02-25-20:47 * 上州の人 [ 編集 * 投稿 ]

No title

> 上州の人さん
三津屋古墳、一本杉古墳は見学しました。公開していませんが、八角墳は記事を書きかけているので取材してます。基本的に被葬者の出自や人物像とかの記事を書く時に出かけて見てきます。軍配山古墳、梨ノ木山古墳は記事もないのですが、自転車ツーリングで近くを通るので見てますね。八角墳とか下方上円墳は復元整備されていないと私らのような素人には区別できないです。伊勢塚も疑っていたのですが、八角墳と記載されてる史料が多いですね。
2019-02-25-22:33 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

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伊勢塚古墳は基段が八角形(不整形)、墳丘自体が円のようです。
2019-02-26-17:19 * 上州の人 [ 編集 * 投稿 ]

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> 上州の人さん、
なるほど下方八角上円墳というやつですね。
2019-02-26-19:13 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

No title

古墳にもたくさんの種類がありますね。
2019-02-26-21:25 * 上州の人 [ 編集 * 投稿 ]