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東国の古代史

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2020-05-02 (Sat)  12:59

お墓を探して痛ぅリング - 新田義貞編 -

今年の春は自転車の走行距離を案外伸ばしている。最近、記事にはしていないので、今日は書いておきます。相変わらず実態は史跡訪問なんですが。


2020年5月1日、珍しく家を朝8時に出ました。いつもは大抵10時頃からノロノロと出陣します。

お墓を求めて痛リング1

↑20Kmほど走って前橋市本所の産直館で休憩。コロナがあるのでコンビニには寄りません。これから大胡町に入るのでコースは登りになります。赤城山の裾野の上ですからダラダラ坂です。

お墓を求めて痛リング2

↑今日の目的地は桐生~太田ですが、大胡で寄り道。堀越古墳という古墳時代終末期の円墳です。丘陵地の斜面にあり、完全に住宅に囲まれています。住民に聞いてやっとたどり着きました。

お墓を求めて痛リング3

お墓を求めて痛リング4

お墓を求めて痛リング5

↑最奥玄室の写真を撮り、戻って振り返ると妙なものが壁に!

お墓を求めて痛リング6

↑大胡の首長には守護神が付いているようです。撮影中は頭の直ぐ横にいたらしい。マムシだったら襲われていました。だから潜りたくないんだよな~

お墓を求めて痛リング22
マムシ

マムシはくさり模様なので直ぐ分かります。この守り神はアオダイショウの幼体だと思いますが、かなり大きい。岩の隙間で冬眠していたのを起こしてしまったらしい。当分、トラウマで石室に潜ることはないでしょう。笑

お墓を求めて痛リング7

↑寝起きで機嫌の悪い神様のバチが当たりました。街中で歩道の歩行者を避けて車道に出た瞬間に段差を超えられず転倒。右膝打撲でズボンが裂けてます。擦過傷で血がにじんでる。ヘルメットはしてるので頭は大丈夫。転ぶと無意識に頭を守るので、その分、膝や腕を傷めます。今日は痛ぅリングになりそうだ。あとは左足で漕ぐしかない。


お墓を求めて痛リング8

↑自転車は小破ですが、ハンドルを固定するステムボルトが緩んでしまいました。変速ブレーキレバーも曲がっていますが、固定バンドがずれただけで破損はない。シマノSORAは廉価ですが頑丈です。バーテープは交換ですね。


お墓を求めて痛リング9

↑第一の目的地善昌寺に到着です。丘の上にあって脚に効いてます。おまけに気温は28度くらいありそう。門前でしばらく動けませんでした。

お墓を求めて痛リング10

↑寺の背後に新田義貞公の墓があります。

お墓を求めて痛リング11

↑鎌倉時代中期の特徴を示す大きな五輪塔です。屋根のような火輪の張り出しが非常に小さい。ただ他の五輪塔から比べると風化しておらず、おそらく義貞が討ち死にした鎌倉時代後期以降に造り直したものではないだろうか? 北陸で討たれ、京都に送られた義貞公の首が本当に埋められているかは別稿記事で。笑

お墓を求めて痛リング12

↑小高い丘の上から見ると景色が良いです。でも画像に熱気が感じられるでしょう。暑くて山門の日陰で20分程へたり込んでいました。

お墓を求めて痛リング13

↑また神様の使いか?こっちへおいでと念を送ったら逃げていった。
桐生では、他にもまだ見たいところが残っているが、今日は無理。ここから一気に南下して伊勢崎市を経由して太田市に向かいます。途中の神社で昼食を取ったが写真を撮るのを忘れた。


お墓を求めて痛リング23

太田市の二体地蔵塚古墳です。以前来た時は鬱蒼としてましたが伐採されてしまった。

お墓を求めて痛リング14

古墳の上に鎌倉時代の二体地蔵があります
鎌倉幕府の北条高時が、幕府の戦費を取り立てるために派遣した黒沼彦四郎入道出雲介親連を、激怒した新田義貞は首をはね、この塚で晒首にした。この事件で幕府の義貞追討の命が下ります。義貞の鎌倉攻めには色々な要因があるが、直接発端となった事件です。高時の奢りが自らと親族の悲惨な最期をもたらした。清和源氏の軍事力をなめていた結果です。だが、その義貞も5年後には首と胴が離れることになる。まさに盛者必衰の理をあらわしてゆく。
因みに地蔵が設置されたのは、事件後、人が争う声がこの塚から聞こえるようになり、住民が供養に設置したという。怖い話です。


お墓を求めて痛リング15

花見塚神社です。太田市の街から外れた間道は歩道整備が遅れています。危険なので早川のサイクリング道路からアプローチしました。拍子抜けするような小さな公園ですが、ツツジが咲いていて綺麗です。

お墓を求めて痛リング21

↑勾当内侍の慰霊塔。

お墓を求めて痛リング17

↑正面、大きめの2つが新田義貞公と妻である勾当内侍の五輪塔です。形式でいうと鎌倉時代中後期の作風です。

お墓を求めて痛リング16

この小さな墓が本当に二人のものであれば良いと思いますが、歴史の観点からすると疑問があります。そもそも、義貞公の墓は多すぎます。私が知るだけでも全国に9ヶ所はある。足利尊氏から比較するとマイナーな人物ですが、地元では人気者なんですね。笑



お墓を求めて痛リング18

↑群馬県太田市と埼玉県深谷市を結ぶ上武橋です。近隣では一番古い橋でしたが、隣に新しい橋が掛けられて開通してました。これから自宅まで河川堤防のサイクリング道で帰ります。快適な道です。

お墓を求めて痛リング19

↑坂東太郎。日本一の水量を誇る河川も渇水のようです。広い草原状の河川敷には、焦げ茶色の野ウサギがたくさんいます。橋を自動車でさっと通過してしまう人には、きっとお目にかかれない光景でしょう。

お墓を求めて痛リング20

↑坂東大橋まで戻ってきた。ここまで来ると見慣れた景色です。もうだいぶ陽が傾いてます。打撲した右膝をかばっているので左膝に痛みが出てきました。



※Googleの自動車ナビ機能による作図なので、自転車で実際に走った道路とは殆ど一致していません。
走行距離   約105Km
走行時間帯 08:00~18:40



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No Subject * by けきすけ
堀越古墳もいいなあ~、なんて思いながら読んでいましたがびっくりですねv-12
藤岡の伊勢塚古墳でちょっとしたトラウマがありまして、夏は石室に入らないようにしていますが、蛇がいるとは想像もしていませんでした。石室に入るなら冬ですね(^^;)

武井廃寺跡も行ってみます。ありがとうございます!

Re: No Subject * by 形名
けきすけさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

私も石室潜りはあまり好きではないですね。伊勢塚古墳などは、カマドウマなので、それほど怖くないのですが、ゲジゲジ~ムカデ系はだめです。蛇なんて尚更です。堀越古墳で至近距離で見ていたら卒倒したかも。あれは住み着いているのかも知れないですね!
武井廃寺と隣の中塚古墳はいいですよ。中に潜るのでしたらライト必須です。

No Subject * by kanna_24b
暑さに体が慣れていないなかで105km恐れ入りました。

現在、日曜の朝BSで「太平記」の再放送が行われているので益々興味深く記事を拝見しました。

足お大事にしてくださいね...。

Re: No Subject * by 形名
kannaさん、こんにちは。

確かに気温が急に上がると体がついて行かないですね。
伊勢崎市や熊谷市は暑さで売ってる地域ですが、本当にきついです。
ただ、殆ど平地で山登りは無いので、距離が伸びても脚が全く
回らなくなるような事はないです。
膝は擦過傷だけで、打ち身のよう痛みは無いので大丈夫みたいです。
転んだのは久しぶりですね。転倒すること自体が老化現象ですね。⤵

No Subject * by nonokomama
こんばんは。
長距離走行、お疲れ様でした。
二体地蔵塚は、ずいぶんとスッキリしましたね。いいのか悪いのかわかりませんけど。
花見塚神社は、小さな神社で、みなさん菊の紋章に気がつきません。かくいう私も何度目か(2018年5月「つつじ咲く花見塚神社」)で、菊の紋章が気になり、掲げられている由来を真面目に読んでみました。
創建はなんと、あの後醍醐天皇の皇子・宗良親王だとあります。そして親王は、義貞と高等の内侍の娘・山吹姫の間に国良親王をもうけ、その子孫が宮下姓を名乗ったとあります。
そういえば、同級生に宮下君・宮下さん、いました。
ことの真偽はわかりませんけど、実はすごい神社のようです。


Re: No Subject * by 形名
nonokomama さん、こんばんは。

二体地蔵はどうしちゃったんでしょうね。鬱蒼としていたので刈り込んだのでしょうが、
木が枯れてしまいそうです。北側の畑の持ち主から苦情でも出たのかな?
全景写真も撮ったので追記しておきます。

花見塚の菊の紋章は気が付きませんでした。説明文も読んでなかったです。
nonokomama さんの記事に写真が撮ってあるようなので読んでみます。
これは昔の個人的な感想ですが、私は勾当内侍は名前も不明な人物で、太平記の創作ではないか
と思っていたんです。太平記は南朝の後醍醐天皇に好意的で、楠木正成も高く評価してますが
新田義貞は器の小さな人物だとけなしています。大事に女性にうつつを抜かすことを強調する
ために、彼女を創作したのではないかと。これは昔NHKの大河ドラマを見た頃の感想でなので、
勾当内侍についてはもう一度本などを読んでみます。何か参考になる書籍などありましたら
教えてください。義貞と内侍の間に子がいたという伝承もあるんですね。知らなかったです。
一方の義貞公は政治家にはなれない人物に思えますが、誠実な人間臭さがあって私は好きですね。

Re: Re: No Subject * by 形名
> nonokomama さん

nonokomama さんの記事にある花見塚神社説明文の文責者「小此木實次」さんというのは、
旧尾島町助役をしていた人で郷土史の研究家みたいですね。
生きておられれば86歳位の人です。その方が文献で調べて纏めたもののようですね。

No Subject * by nonokomama
こんばんは。
衝撃映像の二体地蔵塚ですね。
史跡のイメージ、なくなりそうです。
そうそう、善昌寺から尾島までのツーリング、なんとなく、上野国山上の行仙上人が、世良田長楽寺の明仙長老を度々訪れていた話を思い出しました。ほぼ一直線といったらいいすぎですけど、まあそんな感じですものね。
お疲れ様でした。
小此木さんは、わかりません。
実家の親たちより少し若し。
でも情報ありがとうございます。



Re: No Subject * by 形名
nonokomama さん、おはようございます。

以前の二体地蔵は少々不気味でしたが、陽に晒されて雰囲気がすっかり変わりました。
善昌寺あたりから長楽寺はほぼ真南になりますね。当日は、途中で気が変わって
金山の金龍寺にも寄って行こうと考えたのですが、道に迷って結局、新田庄に向かいました。
でも寄ってるとおそらく帰宅は夜になってましたね。高崎からは太田はやはり遠いです。
自動車で回れば簡単なんですが、土地の雰囲気が味わえないし、自転車だと思わぬものが
発見できて楽しいです。

No Subject * by むく
こんにちは!
私も先月冬眠から覚めて穴を出て来たアオダイショウを目撃。
山ノ神社の下の熔岩の割れ目の洞でした。
山中湖でヘビは珍しいので、しばらく観察しましたが、写真の紹介はネェ、です。
怪我にじゅうぶんお気を付けください。

Re: No Subject * by 形名
渡邊むくさま、おはようございます。

野鳥の写真が多いのは、お住まいの地域性なのですね。
私も、野鳥写真は殆ど撮りませんが、バードウォッチングは若い頃からの趣味です。
シーズンには双眼鏡を持って出かけます。最近はカモ類を見ることが多いので
晩秋~早春までですね。
古墳石室のヘビには驚きました。地中は温度変化が少ないので、洞窟などは冬眠するの
に適しているんでしょうね。もともと石室に潜るのは苦手なので、めったに撮影しない
のですが、たまにやるとロクなことはないですね。笑

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No Subject

堀越古墳もいいなあ~、なんて思いながら読んでいましたがびっくりですねv-12
藤岡の伊勢塚古墳でちょっとしたトラウマがありまして、夏は石室に入らないようにしていますが、蛇がいるとは想像もしていませんでした。石室に入るなら冬ですね(^^;)

武井廃寺跡も行ってみます。ありがとうございます!
2020-05-03-15:35 * けきすけ [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: No Subject

けきすけさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

私も石室潜りはあまり好きではないですね。伊勢塚古墳などは、カマドウマなので、それほど怖くないのですが、ゲジゲジ~ムカデ系はだめです。蛇なんて尚更です。堀越古墳で至近距離で見ていたら卒倒したかも。あれは住み着いているのかも知れないですね!
武井廃寺と隣の中塚古墳はいいですよ。中に潜るのでしたらライト必須です。
2020-05-03-17:16 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

No Subject

暑さに体が慣れていないなかで105km恐れ入りました。

現在、日曜の朝BSで「太平記」の再放送が行われているので益々興味深く記事を拝見しました。

足お大事にしてくださいね...。
2020-05-04-08:28 * kanna_24b [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: No Subject

kannaさん、こんにちは。

確かに気温が急に上がると体がついて行かないですね。
伊勢崎市や熊谷市は暑さで売ってる地域ですが、本当にきついです。
ただ、殆ど平地で山登りは無いので、距離が伸びても脚が全く
回らなくなるような事はないです。
膝は擦過傷だけで、打ち身のよう痛みは無いので大丈夫みたいです。
転んだのは久しぶりですね。転倒すること自体が老化現象ですね。⤵
2020-05-04-16:08 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

No Subject

こんばんは。
長距離走行、お疲れ様でした。
二体地蔵塚は、ずいぶんとスッキリしましたね。いいのか悪いのかわかりませんけど。
花見塚神社は、小さな神社で、みなさん菊の紋章に気がつきません。かくいう私も何度目か(2018年5月「つつじ咲く花見塚神社」)で、菊の紋章が気になり、掲げられている由来を真面目に読んでみました。
創建はなんと、あの後醍醐天皇の皇子・宗良親王だとあります。そして親王は、義貞と高等の内侍の娘・山吹姫の間に国良親王をもうけ、その子孫が宮下姓を名乗ったとあります。
そういえば、同級生に宮下君・宮下さん、いました。
ことの真偽はわかりませんけど、実はすごい神社のようです。

2020-05-05-22:50 * nonokomama [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: No Subject

nonokomama さん、こんばんは。

二体地蔵はどうしちゃったんでしょうね。鬱蒼としていたので刈り込んだのでしょうが、
木が枯れてしまいそうです。北側の畑の持ち主から苦情でも出たのかな?
全景写真も撮ったので追記しておきます。

花見塚の菊の紋章は気が付きませんでした。説明文も読んでなかったです。
nonokomama さんの記事に写真が撮ってあるようなので読んでみます。
これは昔の個人的な感想ですが、私は勾当内侍は名前も不明な人物で、太平記の創作ではないか
と思っていたんです。太平記は南朝の後醍醐天皇に好意的で、楠木正成も高く評価してますが
新田義貞は器の小さな人物だとけなしています。大事に女性にうつつを抜かすことを強調する
ために、彼女を創作したのではないかと。これは昔NHKの大河ドラマを見た頃の感想でなので、
勾当内侍についてはもう一度本などを読んでみます。何か参考になる書籍などありましたら
教えてください。義貞と内侍の間に子がいたという伝承もあるんですね。知らなかったです。
一方の義貞公は政治家にはなれない人物に思えますが、誠実な人間臭さがあって私は好きですね。
2020-05-05-23:58 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: Re: No Subject

> nonokomama さん

nonokomama さんの記事にある花見塚神社説明文の文責者「小此木實次」さんというのは、
旧尾島町助役をしていた人で郷土史の研究家みたいですね。
生きておられれば86歳位の人です。その方が文献で調べて纏めたもののようですね。
2020-05-06-00:26 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

No Subject

こんばんは。
衝撃映像の二体地蔵塚ですね。
史跡のイメージ、なくなりそうです。
そうそう、善昌寺から尾島までのツーリング、なんとなく、上野国山上の行仙上人が、世良田長楽寺の明仙長老を度々訪れていた話を思い出しました。ほぼ一直線といったらいいすぎですけど、まあそんな感じですものね。
お疲れ様でした。
小此木さんは、わかりません。
実家の親たちより少し若し。
でも情報ありがとうございます。


2020-05-06-22:00 * nonokomama [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: No Subject

nonokomama さん、おはようございます。

以前の二体地蔵は少々不気味でしたが、陽に晒されて雰囲気がすっかり変わりました。
善昌寺あたりから長楽寺はほぼ真南になりますね。当日は、途中で気が変わって
金山の金龍寺にも寄って行こうと考えたのですが、道に迷って結局、新田庄に向かいました。
でも寄ってるとおそらく帰宅は夜になってましたね。高崎からは太田はやはり遠いです。
自動車で回れば簡単なんですが、土地の雰囲気が味わえないし、自転車だと思わぬものが
発見できて楽しいです。
2020-05-07-05:20 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

No Subject

こんにちは!
私も先月冬眠から覚めて穴を出て来たアオダイショウを目撃。
山ノ神社の下の熔岩の割れ目の洞でした。
山中湖でヘビは珍しいので、しばらく観察しましたが、写真の紹介はネェ、です。
怪我にじゅうぶんお気を付けください。
2020-05-14-06:49 * むく [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: No Subject

渡邊むくさま、おはようございます。

野鳥の写真が多いのは、お住まいの地域性なのですね。
私も、野鳥写真は殆ど撮りませんが、バードウォッチングは若い頃からの趣味です。
シーズンには双眼鏡を持って出かけます。最近はカモ類を見ることが多いので
晩秋~早春までですね。
古墳石室のヘビには驚きました。地中は温度変化が少ないので、洞窟などは冬眠するの
に適しているんでしょうね。もともと石室に潜るのは苦手なので、めったに撮影しない
のですが、たまにやるとロクなことはないですね。笑
2020-05-14-07:53 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]