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東国の古代史

Top Page › 歴史を学ぶ › 新田氏の中世「武家の棟梁」への道《書評》
2020-05-18 (Mon)  20:25

新田氏の中世「武家の棟梁」への道《書評》

新田氏足利氏源義国の子から分岐する氏族です。その系譜の中には教科書にも出てきた人物名があります。新田氏足利氏に関しては古文献が多いせいか、研究者も多くて歴史解説書も豊富です。

気になる2つのお墓1

ただ、それらは基本的に『太平記』という物語の記載に沿っているものが多いと思います。太平記は、14世紀代に編纂されたと考えられているが、作者や正確な成立時期は分かっていない。文献では、2つの氏族は互いに独立した勢力として覇権を争ったと描かれている。しかし、物語と実際の歴史は乖離しているケースが多々あります。物語が客観的に描かれていることなどあり得ません。それは物語自体が、特定の立場を取る人物や集団の利益・正統性を主張するために描かれているからです。


新田氏の中世


画像の書籍は、『新田一族の中世』という変わった表題の本です。比較的新しい本ですが、従来の太平記ベースの歴史解説ではなく、実際の新田氏足利氏とはどんな関係だったのかを分析しています。また太平記がどんな思惑で書かれたものかという点にも言及している。まだ読み終えていないが、着目点が新鮮で面白いです。具体的な内容について此処では触れないが、いろいろな視点で歴史を見ることが重要だと気づかせてくれる。著者の田中大喜さんというのは学習院大学の史学科出身ですが、まだ若い方のようです。歴史研究者も世代交代しています。





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箱根竹ノ下の戦い * by むく
御殿場に居た頃に時々歩いて尊氏と義貞の運命を変える闘いの合った竹之下や足柄峠に足を伸ばしました。今は籠坂峠を越えた山中湖ですが。歴史探訪は夢が膨らみますね。

Re: 箱根竹ノ下の戦い * by 形名
むくさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

建武新政も長続きはせず、後醍醐側の義貞と反旗を翻した尊氏の対立は徐々に激化していきますね。箱根竹之下の戦いは参戦した人数もけっこう多かったようです。政権争いに巻き込まれた感じの義貞ですが、もともと鎌倉幕府や足利氏には重要視されていなかった義貞には強い不満があったのでしょう。私も神奈川県に住んでいた時期もありました。箱根方面も行きましたが、当時は歴史趣味はなかったので、一度、戦乱のあった場所を訪問してみたいです。

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箱根竹ノ下の戦い

御殿場に居た頃に時々歩いて尊氏と義貞の運命を変える闘いの合った竹之下や足柄峠に足を伸ばしました。今は籠坂峠を越えた山中湖ですが。歴史探訪は夢が膨らみますね。
2020-05-20-07:36 * むく [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: 箱根竹ノ下の戦い

むくさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

建武新政も長続きはせず、後醍醐側の義貞と反旗を翻した尊氏の対立は徐々に激化していきますね。箱根竹之下の戦いは参戦した人数もけっこう多かったようです。政権争いに巻き込まれた感じの義貞ですが、もともと鎌倉幕府や足利氏には重要視されていなかった義貞には強い不満があったのでしょう。私も神奈川県に住んでいた時期もありました。箱根方面も行きましたが、当時は歴史趣味はなかったので、一度、戦乱のあった場所を訪問してみたいです。
2020-05-20-12:54 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]