FC2ブログ

東国の古代史

Top Page › 古代日本史 › 日本書紀の記述信頼性
2020-11-27 (Fri)  07:30

日本書紀の記述信頼性

六国史の一書「日本書紀」に限定して、以下種別の土木工事記事を抜粋し、その実在性評価を表に纏めてみた。
①用水路(溝・大溝)
②溜池・用水池(池)
③堤防(堤)
④道路(大路)
⑤墓(陵)
⑥建築(家・城柵)

※以下の3点については対象から除外した。
 ■具体性の希薄な神威逸話を伴う工事
 ■陵(みささぎ)の名称のみの造墓記事
 ■都(みやこ)の造成記事


(1)日本書紀上代に属する記述群2段クリック拡大表示
日本書紀の記述信頼性1
↑日本書紀原文翻訳は講談社「全現代語訳 日本書紀」宇治谷孟版による

日本書紀上代に属する記事は、古い天皇の事績であるにも関わらず、土木工事記事の大半は実在性が確認されている。言い換えると、日本書紀の工事記述は、時代とは無依存に史実である可能性が高い。ただし、工事記事の信頼性は、該当する天皇の実在を証明するものではない。日本書紀の元ネタである帝紀、旧辞等の記録が当時存在し、史実として記録されたとしても、事績を割り振られた天皇は架空である可能性があるからです。と言っても、当時、大王(おおきみ)が存在していなかったと云うことではありません。いくつかの氏族勢力から輩出された大王は実在していたが、日本書紀に記録された天皇とは限らないという意味です。
また、表には干支に対応想定される西暦年を記載しているが、日本書紀の暦年は中国の讖緯思想(しんいしそう)によって紀元前660年まで引き伸ばされています。従って、実際に工事が行われた実年代は、4世紀中葉から5世紀代の可能性が高いと推定します。また工事記事が仁徳天皇に集中しているのは、工事年代の集中ではなく、日本書紀編纂時に仁徳天皇を民の幸福を願う慈悲深い天皇という構想で描いているからだと思います。従って、土木工事は実在でも、工事年代は考古学的に推定するしかないでしょう。


(2)日本書紀下代に属する記述群2段クリック拡大表示
日本書紀の記述信頼性2
↑日本書紀原文翻訳は講談社「全現代語訳 日本書紀」宇治谷孟版による

【補足】エビデンス画像

日本書紀の記述信頼性5
↑真の斉明天皇陵「牽牛子塚古墳」(毎日新聞デジタルより引用)

日本書紀の記述信頼性3
↑牽牛子塚古墳の斉明天皇と娘の間人皇女の合葬石槨(飛鳥ネットより引用)

日本書紀の記述信頼性4
↑牽牛子塚古墳に隣接する越塚御門古墳石槨(斉明天皇の孫大田皇女墓)
(日経新聞デジタルより引用)


日本書紀下代に属する工事記事は、殆どが考古学的に確認されている。この時代になると天皇の実在性も格段に高いと思われる。土木工事実行の命令は記載した天皇から発せられたものとして問題ないと思います。一方で、各代の天皇の血縁関係を全ては信用できない気がします。この時代に入っても天皇を輩出する氏族血縁が固定されていたと断定するのは危険です。また、上代も含めて、政治、政争、争乱記事はあまり信用できない要素を持つ。歴代天皇が一貫して歴史の勝者であった訳ではないが、少なくとも日本書紀、ある時代の勝者側の記録集大成と考えられる。そもそも、皇統正統性万世一系を謳った歴史書ですから、この2点において強力なバイアスが掛かっていると見るべきです。逆に言えば、バイアスの掛からない分野は信頼できる可能性がある。書紀の土木工事記事の実在性は、この事を物語っています。

日本書紀の評価として、偽書説を唱える人や、書紀の内容は遠隔地域の王朝の歴史を盗んだと主張する人たちがいます。しかし、それらの説には従えません。本稿で土木工事の記事に着目したのも、書紀畿内王権によって記載されているという、記述の在地性が証明できるからです。その事績は、少なくとも5世紀初頭まで遡って考古学的に証明できる。畿内王権が他地域王朝の歴史を盗んだ、または、全て創作という仮説・評価は、センセーショナルで面白いが、ナンセンスとも言える。前述したように、記載内容の実年代評価とバイアスの掛かるカテゴリを選別すれば、日本書紀は十分に参考に値する歴史書だと思います。



【参考・引用】
■六国史テキスト版
「全現代語訳 日本書紀」 宇治谷孟  講談社
■考古発掘実績サイト
毎日新聞デジタル
日経新聞デジタル
■ホームページ「飛鳥ネット」

関連記事
スポンサーサイト



* by いろは
腰のお加減はいかがですか?

唐突に申し訳ありませんが天照大御神は本当に太陽神だと思われますか?どうも私には地母神に思えてならないもので。まだはっきりした根拠もないのですがどうしても違和感があって…。

Re: タイトルなし * by 形名
いろはさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

腰の方は動くと痛みますので、無理はできないですが、我慢して普通の生活に近ずけるようにしてます。癖になっているので回復するのには時間が掛かりそうです。


<唐突に申し訳ありませんが天照大御神は本当に太陽神だと思われますか?どうも私には地母神に思えてならないもので。まだはっきりした根拠もないのですがどうしても違和感があって…。

アマテラスの神格については、時代変遷があると思っています。イザナキ・イザナミ神話は南方系の神話に起源を持つと言われています。大地母神であるイザナキ・イザナミから生まれた、ヒルメ(アマテラス)、スサノヲも、おっしゃる通り、本来は地母神であると思います。時代的には4~5世紀には神話原型があったのではないでしょうか。一方、5世紀中葉には北方系の天孫降臨神話が大陸から入ってきます。至上神であるタカミムスヒ(天神)を中心とする神話です。7~8世紀に入り、大王(おおきみ)を中心とする中央集権化が進む過程で、本来の土着神話であるイザナキ・イザナミ神話は天神ムスヒ神話と融合していきます。これは自然にというよりも、朝廷における神話設計者の思想戦略によるものだと思います。地方の土着有力氏族が天皇に臣従することの必然性を生み出すための仕掛けでしょう。
アマテラスはイザナキ・イザナミ神話の中では、無力な存在です。弟のスサノヲにやられっぱなしで、天岩戸に逃げ隠れてしまう。非常に人間的な存在として描かれています。日神として再生するのも八百万の神々の協力で実現しています。ところが、天孫降臨神話においては、アマテラスはタカミムスヒと共に神々に命令する至上神に変化しています。むしろ、タカミムスヒよりも前面に描かれているように思えます。おそらく、土着有力氏族に馴染みのないタカミムスヒよりも、地母神として親しまれてきたアマテラスを最高神とすることで、天孫である天皇が臣下氏族と融和し、統制力を発揮する根拠性を期待した神話設計ではないかと思います。

Re: タイトルなし * by 形名
いろはさん、返信に記述した内容は以下の私の記事と一部重複してます。
よかったら目を通してみてください。
■古代日本史カテゴリ~神話の形成と目的(1/3~3/3)

* by いろは
こんにちは。記事のご紹介ありがとうございます。確かに受け入れやすさを考慮するのは大切なことですよね。私は証拠や証明というより神話自体を考えているというか。まぁだから根拠も薄くて…。イザナミが黄泉の地母神になってしまったわけで次の地母神が必要になるよなーとかのレベルです。イザナミが死んでからはまた独神に戻っていて、男女の性行為による出産は天照大御神の次世代以降になっています。こんな理由からビーナスの役割があるのではないかと実は思っています。だから光明という感じの秩序が天照大御神の岩戸によって話されているのかなとか。ここに秩序を持ってこないとギリシャ神話のリンゴのような不和の種みたいな?内容はだいぶ異なりますが…。だから密教を考えると修験道はご来光を拝みますから太陽神という側面を持たせたのではないかなと思うというか?天照大御神が地母神でないと、天皇が国を統治するというロジックが意味不明に個人的に思えてしまえて。天皇は太陽の統治なんかできないじゃん!みたいな。太陽に米植えれるかよ!みたいな。そんなレベルです。神代レベルの神話が事実なんて誰も思わないと思うんですよね。だからロジックが大切なのであって、国土を統治するから地母神に祈るんじゃないのと思えてならないわけです。米って淡水が必要なんで近畿に行く必要性って古代湖のある琵琶湖が関係あるのかなとかも考えちゃいます。まぁ支離滅裂なヤツなので戯言とでも思っていただいて(・・;)ではでは。腰が早くよくなりますように。

* by いろは
度々申し訳ありません。

天照大御神がビーナスと思ったのは貝柱からなんです…。真珠の貝柱。母性の象徴とか愛情とか。もうまったく根拠なくすみません(汗)

Re: タイトルなし * by 形名
いろはさん、こんにちは。

私個人的には、日本の本来の土着神話は多神教世界での断片的な小さな話であったと思っています。本来、たわいない自然現象、天文現象の理解や、人間の生活知識の習得を目的とした逸話の集合体であったと思います。日本では文字文化が発達しませんでしたから、語り部の話す逸話として受け継がれていったものでしょう。それらが、記紀にあるような体系的な神話になるには長い年月が掛かっていると思います。ストーリーの変化は社会構造の変化に強い影響を受けたのではないかと思います。
アマテラスの本来の話がどんなものであって、時代によって、どのように変化していったのか具体的には分かりません。しかし、本来は少なくとも社会の権力統制に利用されるような形でなかったのは確かだと思っています。

No Subject * by 至柔
『日本書紀』の土木工事に関する記述は、その実在性が確認できるものが多いんですね。

高麗人、百済人、任那人、新羅人など諸韓人を武内宿禰が率いて池を作らせたので、その池を「韓人池」と言い、それが奈良県田原本町の「唐古池」に比定されるんですね。そういう謂れがあったとは知りませんでした。

Re: No Subject * by 形名
至柔 さん、コメントありがとうございます。

書紀の記述で、土木工事記事の信頼性が高いというのは、天理大学の敷地内で布留川から
分流する大溝(水路)が発見された事を知ったときでした。履中天皇条に簡単ですが、
工事のことが記載されています。
まあ、記事の中に出てくる人物名が実在したかというと疑問が有りますが、工事自体は
事実と思いますね。おそらく、書紀編纂時には、もっと古い時代の記録が断片的でも
残っていたんでしょうね。

ところで至柔さんは、岡田英弘さんの本を読んでいらっしゃるのですね。
私も、岡田さんの中国史の解釈には共感しています。もともと魏志倭人伝の行程記事の
信頼性には疑問を持っていましたが、岡田さんの本を読んで、疑問が解けていきました。
私も、彼のシンパです。ただ、彼の日本国内史の記述に関しては受け入れがたい
ものもあるのですが。
日本史フォルダの「陳寿にはめられた日本人1-4」は本を読んだ頃に書いた記事を改題・
補足したものです。

No Subject * by 至柔
『倭国』と『倭国の時代』しか読んでいませんが、岡田英弘さんの本はおもしろいと思います。洛陽から邪馬台国までの距離は、洛陽から大月氏の都までの距離に合わせてあるという説は、説得力がありますよね。

しかし至柔も、岡田さんの説をすべて信じているわけではありません。例えば、「日本を創ったのは中国である」という主張には賛成できません。至柔は、弥生人の戦いの中から日本という国が生まれたと考えています。

それに、岡田さんは古墳をまったく重要視していませんが、至柔としては古墳をしっかり組み込んで古代史を考えたいなと思っています。

Re: No Subject * by 形名
至柔 さん、こんにちは。

確かに岡田さんの国内史の論説はあまりいただけないですね。
歴史学会では岡田さんは浮いている存在です。どちらかと言うと
一匹狼的なひと。
中国史評価の切れ味で日本史も評価してほしいが、彼の専門は
東洋史です。東南アジア諸国が対象なので、日本は専門外という
ことかな?笑

Comment-close▲

Comment







管理者にだけ表示を許可

腰のお加減はいかがですか?

唐突に申し訳ありませんが天照大御神は本当に太陽神だと思われますか?どうも私には地母神に思えてならないもので。まだはっきりした根拠もないのですがどうしても違和感があって…。
2020-12-31-00:44 * いろは [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: タイトルなし

いろはさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

腰の方は動くと痛みますので、無理はできないですが、我慢して普通の生活に近ずけるようにしてます。癖になっているので回復するのには時間が掛かりそうです。


<唐突に申し訳ありませんが天照大御神は本当に太陽神だと思われますか?どうも私には地母神に思えてならないもので。まだはっきりした根拠もないのですがどうしても違和感があって…。

アマテラスの神格については、時代変遷があると思っています。イザナキ・イザナミ神話は南方系の神話に起源を持つと言われています。大地母神であるイザナキ・イザナミから生まれた、ヒルメ(アマテラス)、スサノヲも、おっしゃる通り、本来は地母神であると思います。時代的には4~5世紀には神話原型があったのではないでしょうか。一方、5世紀中葉には北方系の天孫降臨神話が大陸から入ってきます。至上神であるタカミムスヒ(天神)を中心とする神話です。7~8世紀に入り、大王(おおきみ)を中心とする中央集権化が進む過程で、本来の土着神話であるイザナキ・イザナミ神話は天神ムスヒ神話と融合していきます。これは自然にというよりも、朝廷における神話設計者の思想戦略によるものだと思います。地方の土着有力氏族が天皇に臣従することの必然性を生み出すための仕掛けでしょう。
アマテラスはイザナキ・イザナミ神話の中では、無力な存在です。弟のスサノヲにやられっぱなしで、天岩戸に逃げ隠れてしまう。非常に人間的な存在として描かれています。日神として再生するのも八百万の神々の協力で実現しています。ところが、天孫降臨神話においては、アマテラスはタカミムスヒと共に神々に命令する至上神に変化しています。むしろ、タカミムスヒよりも前面に描かれているように思えます。おそらく、土着有力氏族に馴染みのないタカミムスヒよりも、地母神として親しまれてきたアマテラスを最高神とすることで、天孫である天皇が臣下氏族と融和し、統制力を発揮する根拠性を期待した神話設計ではないかと思います。
2020-12-31-10:49 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: タイトルなし

いろはさん、返信に記述した内容は以下の私の記事と一部重複してます。
よかったら目を通してみてください。
■古代日本史カテゴリ~神話の形成と目的(1/3~3/3)
2020-12-31-10:58 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

こんにちは。記事のご紹介ありがとうございます。確かに受け入れやすさを考慮するのは大切なことですよね。私は証拠や証明というより神話自体を考えているというか。まぁだから根拠も薄くて…。イザナミが黄泉の地母神になってしまったわけで次の地母神が必要になるよなーとかのレベルです。イザナミが死んでからはまた独神に戻っていて、男女の性行為による出産は天照大御神の次世代以降になっています。こんな理由からビーナスの役割があるのではないかと実は思っています。だから光明という感じの秩序が天照大御神の岩戸によって話されているのかなとか。ここに秩序を持ってこないとギリシャ神話のリンゴのような不和の種みたいな?内容はだいぶ異なりますが…。だから密教を考えると修験道はご来光を拝みますから太陽神という側面を持たせたのではないかなと思うというか?天照大御神が地母神でないと、天皇が国を統治するというロジックが意味不明に個人的に思えてしまえて。天皇は太陽の統治なんかできないじゃん!みたいな。太陽に米植えれるかよ!みたいな。そんなレベルです。神代レベルの神話が事実なんて誰も思わないと思うんですよね。だからロジックが大切なのであって、国土を統治するから地母神に祈るんじゃないのと思えてならないわけです。米って淡水が必要なんで近畿に行く必要性って古代湖のある琵琶湖が関係あるのかなとかも考えちゃいます。まぁ支離滅裂なヤツなので戯言とでも思っていただいて(・・;)ではでは。腰が早くよくなりますように。
2021-01-02-16:42 * いろは [ 編集 * 投稿 ]

度々申し訳ありません。

天照大御神がビーナスと思ったのは貝柱からなんです…。真珠の貝柱。母性の象徴とか愛情とか。もうまったく根拠なくすみません(汗)
2021-01-02-16:54 * いろは [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: タイトルなし

いろはさん、こんにちは。

私個人的には、日本の本来の土着神話は多神教世界での断片的な小さな話であったと思っています。本来、たわいない自然現象、天文現象の理解や、人間の生活知識の習得を目的とした逸話の集合体であったと思います。日本では文字文化が発達しませんでしたから、語り部の話す逸話として受け継がれていったものでしょう。それらが、記紀にあるような体系的な神話になるには長い年月が掛かっていると思います。ストーリーの変化は社会構造の変化に強い影響を受けたのではないかと思います。
アマテラスの本来の話がどんなものであって、時代によって、どのように変化していったのか具体的には分かりません。しかし、本来は少なくとも社会の権力統制に利用されるような形でなかったのは確かだと思っています。
2021-01-04-11:25 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

No Subject

『日本書紀』の土木工事に関する記述は、その実在性が確認できるものが多いんですね。

高麗人、百済人、任那人、新羅人など諸韓人を武内宿禰が率いて池を作らせたので、その池を「韓人池」と言い、それが奈良県田原本町の「唐古池」に比定されるんですね。そういう謂れがあったとは知りませんでした。
2021-04-08-16:06 * 至柔 [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: No Subject

至柔 さん、コメントありがとうございます。

書紀の記述で、土木工事記事の信頼性が高いというのは、天理大学の敷地内で布留川から
分流する大溝(水路)が発見された事を知ったときでした。履中天皇条に簡単ですが、
工事のことが記載されています。
まあ、記事の中に出てくる人物名が実在したかというと疑問が有りますが、工事自体は
事実と思いますね。おそらく、書紀編纂時には、もっと古い時代の記録が断片的でも
残っていたんでしょうね。

ところで至柔さんは、岡田英弘さんの本を読んでいらっしゃるのですね。
私も、岡田さんの中国史の解釈には共感しています。もともと魏志倭人伝の行程記事の
信頼性には疑問を持っていましたが、岡田さんの本を読んで、疑問が解けていきました。
私も、彼のシンパです。ただ、彼の日本国内史の記述に関しては受け入れがたい
ものもあるのですが。
日本史フォルダの「陳寿にはめられた日本人1-4」は本を読んだ頃に書いた記事を改題・
補足したものです。
2021-04-08-17:12 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

No Subject

『倭国』と『倭国の時代』しか読んでいませんが、岡田英弘さんの本はおもしろいと思います。洛陽から邪馬台国までの距離は、洛陽から大月氏の都までの距離に合わせてあるという説は、説得力がありますよね。

しかし至柔も、岡田さんの説をすべて信じているわけではありません。例えば、「日本を創ったのは中国である」という主張には賛成できません。至柔は、弥生人の戦いの中から日本という国が生まれたと考えています。

それに、岡田さんは古墳をまったく重要視していませんが、至柔としては古墳をしっかり組み込んで古代史を考えたいなと思っています。
2021-04-10-16:16 * 至柔 [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: No Subject

至柔 さん、こんにちは。

確かに岡田さんの国内史の論説はあまりいただけないですね。
歴史学会では岡田さんは浮いている存在です。どちらかと言うと
一匹狼的なひと。
中国史評価の切れ味で日本史も評価してほしいが、彼の専門は
東洋史です。東南アジア諸国が対象なので、日本は専門外という
ことかな?笑
2021-04-10-16:56 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]