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東国の古代史

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2021-02-12 (Fri)  19:55

北谷遺跡「大規模豪族居館跡」《群馬県高崎市》

北谷遺跡は「豪族居館・水祭祀の発祥(1)~(6)」の中でも紹介した国指定史跡です。国内でも詳細な調査が行われた大規模豪族居館跡は少なく、貴重な史跡です。見学済ではありましたが、詳しい写真を撮っていなかったので再訪してみました。取材日は2021年2月12日。

↑北谷遺跡の位置

北谷遺跡1
↑Google衛星画像(クリック拡大)

北谷遺跡は5世紀後半から6世紀初頭の豪族居館跡です。遺跡は平面が一辺90メートルの方形で、南側を除く三方には2ヶ所の張出しがある。濠は、幅が30メートル以上、深さも3メートル以上ある大規模なもので、濠の内側の斜面には石積みが確認されている。北側と東側の濠は土橋状の施設によって隔てられていて、北側と西側の濠には水が貯えられていたと考えられている。堅固な城郭とも思える構造となっている。

北谷遺跡2
↑豪族居館の構造(クリック拡大)

↑Google画像と構造図の方位が合っていないので分かりづらいが、90メートル四方の平面に大きな張出部と土橋が併設されているので総面積は広大です。北側の張出は現存してる部分もあり、大型張出部も地割に明確に残っている。

豪族居館水祭祀の発祥7
↑類似構造を持つ三ツ寺Ⅰ遺跡の復元模型(かみつけの里博物館展示品)

北谷遺跡の居館跡は、約3キロメートル離れた所にある三ツ寺Ⅰ遺跡の居館跡と規模・形態が類似しており、共通の規格で築造されたとみられている。しかし、後者は完全に濠に囲まれていますが、北谷遺跡は防御性のある土橋という構造で周囲とは地続きであるようです。
また、三ツ寺Ⅰ遺跡では、居館内部で大型の掘立柱建物跡竪穴建物跡導水施設を伴う祭祀場などが確認されていることから、北谷遺跡でも同様の施設があったと推定されている。三ツ寺Ⅰ遺跡は完全に埋め戻されて、現在は明確な痕跡を見るのは困難です。一方、北谷遺跡は詳細な内部調査は実施されていないが、本体構造が露出した形で保存されているのは幸いです。

北谷遺跡3
↑現地案内板の説明(クリック拡大)

北谷遺跡4
↑居館西側の土橋跡地から見た全景(クリック拡大

北谷遺跡居館面は現地表面から+2mの比高で台地状に残存している。この残存状況は三ツ寺Ⅰ遺跡も同様で、水田の中に浮かぶ島のように見えたため、周辺では島畑と呼ばれていたそうです。

北谷遺跡8
↑居館西側の境界部(道路部分は西、この面にも2つの張出部あり)
クリック拡大

北谷遺跡10
↑西濠部分(クリック拡大)

北谷遺跡22
↑西濠に張り出した張出部の発掘状況(前画像の左側水田部分位置)
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北谷遺跡9
↑居館南側の染谷川侵食崖(道路部分と右側の住宅部分が侵食崖)
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北谷遺跡5
↑居館内西部(クリック拡大)

北谷遺跡7
↑居館内中央部(クリック拡大)

↑居館内には一片が12mもある巨大な竪穴建築物が検出されている。ただ、居館内の詳細な発掘調査は実施されておらず、建築群の配置は不明です。周辺は広範囲に国指定史跡に指定されてしまったので、土地開発、宅地化される危険はなくなりました。従って早急な発掘調査が行われる可能性はないでしょうが、是非、調査して欲しいと思います。

北谷遺跡6
↑居館内南部(クリック拡大)

北谷遺跡11
↑居館東側の東(左側低地)、住宅2軒の位置が張出部(クリック拡大)

北谷遺跡12
↑居館東側の土橋構造部(クリック拡大)

北谷遺跡13
↑居館北側に残存する張出構造(低地部分は北濠)クリック拡大

↑居館面と北濠底の比高差は現在2~3m程度だが、元は5m以上あったものと推定されている。

北谷遺跡16
↑居館北側の全景(左手は居館から続く土橋構造)クリック拡大

北谷遺跡17
↑右の石垣が居館北側の大型張出部側面(クリック拡大)

北谷遺跡14
↑居館北側の大型張出部全景(赤枠内)クリック拡大

↑北側の大型張出部は水田耕作によって低くなっているが、元は居館面と同じ高さであったと思われる。背景の山は遺跡北西方向の榛名山。


参考に群馬県で発見されている大規模豪族居館一覧を添付します。
北谷遺跡21
↑豪族居館一覧(クリック拡大)

豪族居館水祭祀の発祥21
↑群馬県の扇状地に点在する大規模豪族居館跡(クリック拡大)

群馬県には周濠を持つ持つ大規模な豪族居館跡が、少なくとも8ヶ所確認されている。何れも微高地の極緩い緩斜面にあって付近の小河川を周濠に引き込み、一定の防御制を有している。これらの施設を築造した氏族は同一文化性を持つ移住氏族ではないかと個人的に考えています。





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