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東国の古代史

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2021-02-19 (Fri)  23:00

群馬県最古の前方後方墳「前橋八幡山古墳」と「前橋天神山古墳」の関係

群馬県前橋市の前橋八幡山古墳は大型前方後方墳です。参考に同型墳丘サイズの全国トップ10を添付します。全て古墳時代前期(3世紀後半~4世紀)の古墳です。

1 西山古墳    185m 奈良県天理市杣之内
2 波多子塚古墳 144m 奈良県天理市萱生町
前橋八幡山古墳 130m 群馬県前橋市朝倉町
4 新山古墳    126m 奈良県北葛城郡広陵町
5 藤本観音山古墳 117m 栃木県足利市藤元町
6 下池山古墳 115m 奈良県天理市成願寺町
7 上侍塚古墳 114m 栃木県那須郡湯津上村
8 フサギ塚古墳 110m 奈良県天理市成願寺町
9 浅間山古墳 103m 静岡県富士市増川
10紫金山古墳 100m 大阪府茨木市宿久庄

半数を奈良県の古墳が占め、その他は北関東の古墳が多いと言えます。東国の前方後方墳は東海地方西部を起点として中部・北陸~関東~東北南部に広がっているが、起点の東海地方西部には大型前方後方墳は少ない。古墳時代出現期まで遡ると言われる愛知県の東之宮古墳も70m程度です。長野県で古いのは弘法山古墳ですが、70m未満のはず。大型が揃う奈良県の前方後方墳は、古墳時代前期の中でも中葉に相当する。しかし、東海地方を起点とした氏族による築造かは不明です。
前橋八幡山古墳は全国でも3番目の規模を持つ。しかし、墳丘の保存性を踏まえると日本で一番美しい大型前方後方墳ともいえます。奈良県の前期古墳は形状破壊が進んでいる。前橋八幡山古墳昭和10年頃の墳丘測定値と現測定値が完全に一致している。古くから形状を保ってきた証拠です。取材日は2021年2月19日。

前橋八幡山古墳の位置

前橋八幡山古墳19
↑古利根川氾濫原の河岸段丘台地にある古墳群(赤:消滅古墳 緑:残存古墳)

前橋八幡山古墳古利根川の氾濫原南端を流れる広瀬川の南側にあります。氾濫原を見下ろす台地になっている。当時の古利根川の氾濫にも耐えうる地勢であったと思われます。この地域は古墳が密集していた場所ですが、広瀬団地の開発で殆どが消滅した。今では幾つかの古墳が残っている程度です。これらの古墳は前橋八幡山古墳を築造した氏族子孫のものでしょう。

前橋八幡山古墳17
↑前橋八幡山古墳の墳丘標高図と周堀範囲(点線)

以下は全て現状での計測値です。
 全長 :130m、墳丘方位は南南東ー北北西
 後方部:幅72m、高さ12m
 前方部:幅59m、高さ8m
 周堀 :幅25~30m

前橋八幡山古墳1
↑史跡標識と墳丘全景(北西より撮影)

前橋八幡山古墳2
↑墳丘東南側から全景撮影

前橋八幡山古墳3
↑前方部東端より全景撮影

前橋八幡山古墳4
↑前方部端部を南から撮影

↑原因は不明ですが、前方部の端部は西側だけが少し欠損しています。前掲の墳丘標高図で見るとよく分かります。

前橋八幡山古墳5
↑墳丘の西側前方部端より全景撮影(クリック拡大)

↑↓周堀外辺に沿ったフェンスに張り付いて撮影してますが、墳丘が大きすぎて超広角レンズでも写角に収まりません。画像接続しています。

前橋八幡山古墳6
↑墳丘の西側真横より全景撮影(後方部は前方部より4m高い)
(クリック拡大)

前橋八幡山古墳12
↑後方部墳頂(過去、八幡宮が設置されていた場所)

前橋八幡山古墳8
↑後方部墳頂より前方部を撮影

前橋八幡山古墳10
↑後方部墳頂より後方部北西角部を撮影

前橋八幡山古墳9
↑前方部墳頂より後方部を撮影

前橋八幡山古墳13
↑墳丘後方部の東北角部(角錐形であることが分かる)

↑墳丘の形状は保たれているが、子供達がダンボールでソリ遊びをするので崩れている場所があると、保存会の人が話していました。放ったらかしで保存されている訳ではなさそうです。

前橋八幡山古墳14
↑墳丘後方部の北面(角錐平面が明確に分かる)

前橋八幡山古墳15
↑後方部東北から墳丘東面を撮影

前橋八幡山古墳18
↑墳丘くびれ部西側のトレンチから検出された築造時の葺石

↑葺石の上に火山灰降下物や堀に流れ込んだ土砂の堆積が厚くあり、墳丘の真の基壇面は現地表よりも低い。墳丘高さ、範囲とも僅かながら影響を受けるものと思われます。

前橋八幡山古墳は墳丘の範囲調査だけで、埋葬主体部は発掘調査されていません。国指定史跡となっており、発掘の可能性は低いでしょう。外周からは土器の小破片が数点出土しています。しかし、少量であり、土器形態から築造時代を割り出すのは難しいと思います。研究者の評価では、火山堆積物の調査と併せて、3世紀後葉から4世紀前半の範囲で推定されている。
一方、群馬県における古式古墳の在り方は前方後方墳前方後円墳がペアで存在するという特徴があります。
■高崎市東部の元島名将軍塚古墳下郷天神塚古墳(距離的にやや離れている)
■太田市西部の寺山古墳大田八幡山古墳(距離的にやや離れている)
■太田市東部の藤本観音山古墳矢場薬師塚古墳(近距離)
■前橋市の前橋八幡山古墳前橋天神山古墳(至近距離)

このペアの古墳は規模も近似していて、築造時期も連続していた可能性が高い。従って、前橋天神山古墳の築造時代から逆算して前橋八幡山古墳の築造を推定するのが、現状では確実だと思われます。前橋天神山古墳前橋八幡山古墳の南200mの位置に隣接する古式前方後円墳です。前橋市の教育委員会は八幡山古墳天神山古墳の築造順序を保留としていますが、前者が先行するのは、ほぼ間違いない。天神山古墳の築造は出土遺物から公式には4世紀初頭と推定されている。古墳編年では第3期に相当する。しかし、出土土器破片の廻間式編年では3世紀に入る可能性が高い。従って、八幡山古墳は其れよりも先行する可能性が大きい。恐らく古墳編年第2期に入り、実年代では3世紀中葉~後葉に入る可能性があると思います。同時期の古墳には長野県の弘法山古墳があります。八幡山古墳は群馬県では最古の古墳と言える。

前橋天神山古墳前方後方円墳ですが、超がつく古式前方後円墳です。古墳築造期分類でいうと第3期に当たります。これがどのくらい古いかというと、群馬では比較的古い前方後方墳元島名将軍塚古墳よりも古いと評価されている。元島名将軍塚古墳の築造は第4期に分類されています。一般的に前方後方墳前方後円墳に先行しますが、例外もあって、地域によっては築造時代が逆転しているケースもあるということです。従って、古式の前橋天神山古墳に先行するであろう前橋八幡山古墳の古さが際立つわけです。

前橋天神山古墳1
↑1968年(昭和43年)の前橋天神山古墳画像

前橋八幡山古墳20
↑1946年(昭和21年)の前橋八幡山古墳(左)と前橋天神山古墳(右)

↑1868年の画像では前橋天神山古墳は完存しているように見えるが、1946年には既に東側面1/2が破壊されている。一方、前橋八幡山古墳は完全保存されている。

前橋天神山古墳4
↑前橋天神山古墳の埋葬粘土槨(1968年発掘)

前橋天神山古墳3
↑現在は後円部墳丘の埋葬主体部のみが切り残されて保存されている

前橋天神山古墳2
↑前橋天神山古墳の現地説明板

気になるのは前橋八幡山古墳前橋天神山古墳の関係です。2つの古墳は至近距離にあります。築造時代差も20年~25年以内と推定できます。両者の墳形は違っても別氏族ではないし、まして敵対していたとは考えられません。前橋天神山古墳埋葬者は前橋八幡山古墳埋葬者の後継者と言ってよいと思います。墳形の違いは、西日本の広域首長同盟との関係性が反映されていると考えるのが妥当と思う。恐らく、後者は前者よりも親密な同盟関係があったと推定できます。




【参考・引用資料】
■史跡「八幡山古墳」範囲確認調査報告書   前橋市教育委員会
■「朝倉・広瀬古墳群」パンフレット     前橋市教育委員会
■前橋天神山古墳  現地説明板       前橋市教育委員会
■国土地理院 航空写真アーカイブ
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No Subject * by ご〜ご〜ひでりん
形名さま、こんばんは!
とてもわかりやすく、とても勉強になりました。
説得力があって、納得です。

前橋八幡山古墳はかなり前に見学に行きましたが、とても綺麗に残っていると思いますし、大古墳ですね。これに対して前橋天神山古墳はすごい形になって残っていますが、むしろこちらの方が感動しました。笑。

Re: No Subject * by 形名
ご〜ご〜ひでりんさん、おはようございます。

コメントありがとうございます。

私も2~3回見学はしてるのですが、墳丘に登ってみたのは初めてでした。
大きすぎて前方後方墳と言われても近寄ると余計わかりにくいですね。
測量図を見るとはっきり違いが分かるのですが。
前橋天神山古墳の残し方は珍しいですよね。できれば半壊状態でも、2つとも
セットで残して欲しかったです。現状では、住宅街に埋もれてしまっていて、
知らない人はたどり着けない場合が多いと思います。
現に私もナビを使っていても、横を通って気が付きませんでした。

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No Subject

形名さま、こんばんは!
とてもわかりやすく、とても勉強になりました。
説得力があって、納得です。

前橋八幡山古墳はかなり前に見学に行きましたが、とても綺麗に残っていると思いますし、大古墳ですね。これに対して前橋天神山古墳はすごい形になって残っていますが、むしろこちらの方が感動しました。笑。
2021-03-08-00:33 * ご〜ご〜ひでりん [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: No Subject

ご〜ご〜ひでりんさん、おはようございます。

コメントありがとうございます。

私も2~3回見学はしてるのですが、墳丘に登ってみたのは初めてでした。
大きすぎて前方後方墳と言われても近寄ると余計わかりにくいですね。
測量図を見るとはっきり違いが分かるのですが。
前橋天神山古墳の残し方は珍しいですよね。できれば半壊状態でも、2つとも
セットで残して欲しかったです。現状では、住宅街に埋もれてしまっていて、
知らない人はたどり着けない場合が多いと思います。
現に私もナビを使っていても、横を通って気が付きませんでした。
2021-03-08-08:07 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]