FC2ブログ

東国の古代史

Top Page › 古代東国史 › 那須八幡塚古墳から出土した希少鏡について(1/2)
2021-03-12 (Fri)  14:15

那須八幡塚古墳から出土した希少鏡について(1/2)

那須八幡塚古墳は栃木県那須郡那珂川町にある前方後方墳です。那須小川古墳群を構成する古墳で、那珂川上流部の侍塚古墳群と共に古墳時代前期古墳として栃木県では有名な古墳です。

↑那須八幡塚古墳の位置

那須八幡塚古墳15
↑那珂川に後方部を向けた那須八幡塚古墳(文化遺産オンラインより引用)

幹線道路からの入り口は狭く目立たないのでアプローチは大変です。行き止まりの農道を入っていくと墳丘がやっと見えます。

那須八幡塚古墳5
↑農耕地の端にある墳丘

↑除草作業中の人たちがいるところに説明板が有りますが、文字が退色していて読みにくいので、説明板の文字を起こしました。

那須八幡塚古墳11
↑現地説明板の内容

那須八幡塚古墳12
↑説明板に掲載されている測量図

↑測量図は平成の発掘調査時のもので、現在の墳丘の状態とは異なります。測量図によると前方部には建築物があって半壊状態であったようです。以下は墳丘の現地撮影画像です。


(1)墳丘外観

那須八幡塚古墳1
↑前方部端より撮影

↑現在は平成3年の発掘結果を基にして前方部は復元されています。後方部にある古い説明板には全長は58mと記載されていますが、平成に入ってからの範囲調査で全長62mと確定しています。

那須八幡塚古墳2
↑墳丘南側の側面を撮影

那須八幡塚古墳3
↑後方部側面より前方部を撮影

那須八幡塚古墳8
↑後方部の終端を撮影

那須八幡塚古墳9
↑墳丘北側より側面を撮影

那須八幡塚古墳10
↑後方部頂上より前方部を撮影

那須八幡塚古墳7
↑埋葬主体部が検出された後方部の墳頂

↑中央手前と奥に白い粘土塊(レプリカ)が設置されており、その間が埋葬主体部です。粘土塊は地中にありましたが、展示のために表層に配置されています。冒頭画像を見ると玉砂利を敷いていたらしいが、雑草が生えて周囲と区別がつきません。


次稿に続く


【参考引用】
■文化遺産オンラインホームページ
■那須八幡塚古墳現地説明板 那珂川町教育委員会
■東京国立博物館 画像ライブラリー
■日本列島における中国鏡の分配システムの変革と画期   上野祥史
  国立歴史民俗博物館研究報告(第185集) 
■歴史考古学 新井宏ホームページ 

関連記事
北九州と関東の接点 * by レインボー
>しかし、夔鳳鏡の分布で見ると畿内が分配主体者とは考えにくい。九州を除くと西日本には比較的分散しているので、九州王権を主体者とした西日本広域首長連合が配布したと考えます。該当連合と東日本の地域首長との間には、親和的な関係性が結ばれていた可能性があるでしょう。

〇たいへん興味深い記事でした。
 北九州と関東の関係が、こんなに早くからできていたとは、参考になります。

Re: 北九州と関東の接点 * by 形名
レインボー さん、こんにちは。

コメントありがとうございます。

確かに夔鳳鏡の分布を見る限りでは、北九州との関係が推定できまね。
古墳時代に入ると銅鏡の分配システムは畿内が主体になると一般的には言われて
いますが、確認して見る必要がありますね。
この記事が片手落ちなのは、夔鳳鏡だけに着目して、前期古墳に埋納されている、
四獣鏡、獣帯鏡、内行花紋鏡、画像鏡などの分布と併せて評価していない点です。
これらが時系列に整理できれば、銅鏡分配システムの主体者、時代による変化が
もう少し見えてくるような気がします。

Comment-close▲

Comment







管理者にだけ表示を許可

北九州と関東の接点

>しかし、夔鳳鏡の分布で見ると畿内が分配主体者とは考えにくい。九州を除くと西日本には比較的分散しているので、九州王権を主体者とした西日本広域首長連合が配布したと考えます。該当連合と東日本の地域首長との間には、親和的な関係性が結ばれていた可能性があるでしょう。

〇たいへん興味深い記事でした。
 北九州と関東の関係が、こんなに早くからできていたとは、参考になります。
2021-03-16-08:03 * レインボー [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: 北九州と関東の接点

レインボー さん、こんにちは。

コメントありがとうございます。

確かに夔鳳鏡の分布を見る限りでは、北九州との関係が推定できまね。
古墳時代に入ると銅鏡の分配システムは畿内が主体になると一般的には言われて
いますが、確認して見る必要がありますね。
この記事が片手落ちなのは、夔鳳鏡だけに着目して、前期古墳に埋納されている、
四獣鏡、獣帯鏡、内行花紋鏡、画像鏡などの分布と併せて評価していない点です。
これらが時系列に整理できれば、銅鏡分配システムの主体者、時代による変化が
もう少し見えてくるような気がします。
2021-03-16-16:34 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]