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東国の古代史

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2024-03-04 (Mon)  06:00

倉賀野堰の五貫堀・古堤・新堤(5/9)「近代から現在の古堤・新堤」

前稿からの続き

新堤は倉賀野駅の100mほど東、高崎線北側の線路沿いにある灌漑用水池です。駅のホームとも隣り合う位置なので電車からも良く見える。灌漑用の溜池だが、周囲には農地など残っていません。

2023年新古堤
↑2023年現在の新堤・古堤画像(クリック拡大)

↑溜池の周囲は倉賀野駅の北口にあたるが、住宅街だけで商店も無く閑散としている。東側には細い幹線道路があって自動車が通るが、交通量も少なくて静かな地域です。

倉賀野堰16
↑2024年の新堤(クリック拡大)

超広角で撮影してるので広さが誇張されているが、実際はそれ程広くはありません。溜池への導水口は手前左隅の角にあります。出水口は対角線上に水門があって、そこから出水します。現在では導水も出水も行われてはいないようです。

倉賀野堰17
↑2024年の新堤(クリック拡大)

↑周辺は倉賀野町桜木町と呼ばれている。この溜池の周囲には桜がたくさん植えられているので付けられた名前かも知れません。私が子供の頃はまだ小木だったが、今では大木になっています。溜池の東側は、かっては関東電工という肥料会社がありましたが、現在は規模を縮小し、跡地にはショッピングセンターとパチンコ店がある。

倉賀野堰18

新堤のほとりに建つ石碑には「新舊(旧)溜池改修記念碑」と刻まれています。1936年(昭和11年)に、新堤古堤は改修工事がなされているので、その時に建てられた記念碑と思われます。舊(旧)溜池というのは古堤(ふるづつみ)のことです。古堤は高崎線の南側、新堤の南東400mの所にあります。2つの溜池は長野堰から引水しています。その経路は別稿で紹介しますが、江木町の円筒分水筒倉賀野堰(五貫堀に分流して、長い経路を経てようやく細々とした水路が接続しています。江戸時代から昭和中期までは、長野堰の水量は十分ではなく、水路の末端は深刻な水不足に陥っていた。しかし、この溜池のおかげで多少は水不足が緩和されたようです。長野堰末端の農家にとって、古堤新堤は大事な溜池だったことは想像できます。

以下は倉賀野町下町(しもちょう)にある現在の古堤の様子です。倉賀野町の地域名称(あざ名)には「町」が付く場合が多い。

倉賀野堰20
↑2024年の古堤(クリック拡大)

↑導水口のある西側は土砂が堆積して葦が密集している。溜池としての維持管理は行われていないようです。


倉賀野堰21
↑2024年の古堤(クリック拡大)

↑手前の設備が出口水門跡だが閉じられている。古堤の左側に見えるのは高崎市立倉賀野保育所です。この正門には古堤の由緒碑が建っています。なぜこの保育所に由緒碑があるかというと、保育所の敷地は元古堤だったからです。つまり、古堤は本来もっと広かったのです。恐らく、近年には灌漑用水としての利用が激減し、埋め立てられて公立の学校施設地として利用されたのでしょう。

倉賀野堰22
↑古堤改修碑文(クリック拡大)

↑碑文は読めるように撮影しましたが、字数が多く読みずらいので、文章をテキストで以下に記載します。

古堤の由緒
古堤は倉賀野町字荒神にあり、面積は六反三畝五歩にして、徳川四代将軍家綱公の寛文年代、全国的な大旱魃起り、時の高崎藩主は、年貢を減少する代償として、農民の労力により灌漑用貯水池として建設したと伝えられる。
その後管理は名主、組頭、百姓代に依ってなされたが、明治に至り町の所有となり、下組水利組合が管理運営にあたり、下流地域一帯の田畑を潤し、農民はその恩恵に浴す。
時は移り世は変り、町村合併により高崎市の所有となり、幼児教育の重要なる事を認めて相謀りて、ここにその半ばを埋め立て、保育所を建設するに至る。
この農民の歴史を後世に伝えんとして、この碑を建つ。昭和五十二年四月吉日 倉賀野下組水利組合

古堤の埋め立ては1977年(昭和52年)です。埋立以前の近接写真を探しましたが、書籍掲載の不鮮明な画像のみで、規模が分かる鮮明写真は見つかりませんでした。そこで、国土地理院が公開している航空写真を掲載します。古堤新堤も周辺の環境や用途の変化に応じて改変を受けていることが確認できます。

1942年新古堤2
↑1942年(昭和17年)の新堤・古堤画像(クリック拡大)

↑国土地理院が保有する一番古いもので戦時中の写真です。不鮮明ですが、周辺に宅地は無く、水田ばかりです。農地面積としては最大期に当たり、灌漑用水としての利用も盛んであったと思われます。なお、古堤の用水供給地は高崎線の南側のみ、新堤は画像右側の高崎線北側です。

1948新古堤
1947年(昭和22年)の新堤・古堤画像(クリック拡大)

古堤の西側と北側に宅地が出来始める。新堤付近も建物が見えるが、用水利用は盛んな時期が続きます。なお、新堤と北部にある川の面堰の間には現在は存在しない水路が五貫堀から分流し、東中里町の南側まで流れているようです。倉賀野駅から北東に伸びる線路は日本で一番短い鉄道「岩鼻軽便鉄道」の跡です。

1961年新古堤
↑1961年(昭和36年)の新堤・古堤画像(クリック拡大)

↑宅地と農地の状況は見た目には1947年と大差はない。しかし、農地面積の減少期に入る頃です。この頃の新堤は鯉の養殖にも使われていました。灌漑利用も多少は減ってはいるものの、続いています。新堤からの水路は関東電工の敷地南側を南下し、線路沿いに東に向かう2本の水路がはっきり見えます。

1974年新古堤
↑1974年(昭和49年)の新堤・古堤画像(クリック拡大)

↑両堤とも周辺に宅地が急激に増えています。古堤は既に灌漑利用がほぼなくなっています。画像右側に残る広大な農地も、北端部の灌漑には北を流れる川の面堰から引水しています。画像右側中央部の水田は、1974年時点では新堤から供給されているのか、川の面堰からの供給なのか分かりません。

1980年新古堤
↑1980年(昭和55年)の新堤・古堤画像(クリック拡大)

古堤の南半分は保育園を建設するために埋め立てられている。完全に水の利用は無くなっている時期です。水深は分からないが、残存部は綺麗に残っています。新堤の方は導水口の形状が変わっているが、この時期までは面積的に変化がありません。だが、1974年に東部にあった農地は殆ど工場に置き換わっています。工場団地として造成中の地域ですから、用水利用は停止したと思われる。

2006年新古堤1
↑2006年の新堤・古堤画像(クリック拡大)

新堤は西側の約30%が埋め立てられている。おそらく2005~2006年の工事だと思います。

2023年新古堤
↑2023年現在の新堤・古堤画像(クリック拡大)

新堤埋め立て
↑埋め立てられて縮小した新堤(クリック拡大)

新堤の埋め立てられた土地には2010年頃に倉賀野桜木町公民館が建てられている。

2023年古堤上空画像
↑2023年の古堤画像(クリック拡大)

↑保育園の敷地を含めると元の古堤の形が良く分かります。画像では分からないが古堤は水位が下がって水量は僅かしかないようです。このままだと干上がるかも知れません。古堤への導水口は溜池北西隅にあります。現地踏査の結果では堆積した土砂と雑草で覆われており、最近、通水された形跡はありませんでした。
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倉賀野堰の五貫堀のシリーズ * by ☘雑草Z☘
 記事の一つ一つが長くて更に9回まであるとは、ブログ記事と言うよりも研究論文ですね。最初から9回と決めて記事を計画的にアップされるのも緻密です。他でも発表されてください。
 私も堰には興味を持っています。幅の狭い提でも、側面が石畳石垣で出来ていたりすると歴史の重みを感じます。石畳石垣の隙間にオイカワとか蟹とかがいると最高です。

※3/12 ちょっと訂正いたしました。

Re: 倉賀野堰の五貫堀のシリーズ * by 形名
雑草Zさん。おはようございます。コメントありがとうございます。

こういった記事の写真取材はあらかじめ済ましてあるので、だいたい記事の量は
踏まえていますが、回数はいい加減です。
次第に増えていくのが普通で、本稿も5つくらいから始まって今は9個の予定です。笑


灌漑用水などに興味を持っている人ってけっこういますね。ブログでも見かけます。
私もウオーキングなどで歩くうちに興味を持ちました。でも、地元範囲で、他県まで
出かけるほどのパワーは無いです。
水路に魚やザリガニがいると楽しいですが、高崎の堰で魚を見かけたことがないです。
河川からの取水ですから、いてもいい気がしますがね。どうしてだろう?

「ブログ紹介」記事にコメント欄がないので、こちらにコメント致します。 * by ☘雑草Z☘
 ここのブログはテンプレートをしっかりカスタマイズされたようで、システマティックな構成になっていますね。
記事の1つ1つもかなり丁寧に時間を掛けて作られているようです。
ブログ紹介ページに
>本当はホームページを運営したいのですが、
と書かれていますが、形名さんならば、ホームページ運営もこなせそうです。

Re: 「ブログ紹介」記事にコメント欄がないので、こちらにコメント致します。 * by 形名
雑草zさん、コメントありがとうございます。

「ブログ紹介」にはゲストブックへのリンクが貼ってあるのですが、分かりにくかったですね。
私の使ってるテンプレートは以下のものを使ってるのですが、目次機能が優れていて私の
ホームページ的運用には適しています。
「*Essence」
オリジナルのテンプレートの見かけの部分はカスタマイズしてますが、基本機能はそのままです。
テンプレートを提供している人はwebデザイナーの人が殆どですが、これも同様です。
初めは別のテンプレートに自分で目次機能をコーディングしていましたが、性能が出ないので
使用を断念しました。

もとは、水路そのものよりもそこの生態系に興味を持っておりました。 * by ☘雑草Z☘
 水路を覗いて魚が泳いでいるとほっとしたものです。

 以前の街中の職場の塀の外側を流れている、またげるくらい狭い堰に、熱帯魚のような青に赤い縞の魚が泳いでいた時は興奮しました。それが繁殖期のオイカワでした。その堰は小さく浅いのですが、小魚(アブラハヤなど)が沢山泳いでおります。台風の後などは大きい鯉も流れてきましたが、深さが足りずに横になってたのをすくったこともあります。鴨も泳ぎに来ます。多くの通行人は、そこの生態系が豊かな事に気付かずに通り過ぎていきます。

 経験上、河川からの取水でも三面張りで水流が強く、小石や泥や水草が生えていない堰には魚は見られません。流れてきても定着しないのでしょう。

 ところで、ここの記事の最初の私のコメント、「石畳」を「石垣」に書き換えたので、また「承認待ち」になっておりますので、承認宜しくです。

Re: もとは、水路そのものよりもそこの生態系に興味を持っておりました。 * by 形名
雑草さん、こんばんは。

丁寧に修正してくれたんですね。ありがとうございます。

私のブログカテゴリに「メダカ」がありますが。私は魚が大好きです。
あいにく庭が狭いので、小型のメダカで我慢してますが。
水路を歩くときは、止水の場合はメダカがいないか何時も探しているのですが
見掛けないですね。といっても最近の話で、大昔はフナ、コイ、タナゴ、
ザリガニ、サワガニが堰にはたくさんいましたよ。

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倉賀野堰の五貫堀のシリーズ

 記事の一つ一つが長くて更に9回まであるとは、ブログ記事と言うよりも研究論文ですね。最初から9回と決めて記事を計画的にアップされるのも緻密です。他でも発表されてください。
 私も堰には興味を持っています。幅の狭い提でも、側面が石畳石垣で出来ていたりすると歴史の重みを感じます。石畳石垣の隙間にオイカワとか蟹とかがいると最高です。

※3/12 ちょっと訂正いたしました。
2024-03-11-18:34 * ☘雑草Z☘ [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: 倉賀野堰の五貫堀のシリーズ

雑草Zさん。おはようございます。コメントありがとうございます。

こういった記事の写真取材はあらかじめ済ましてあるので、だいたい記事の量は
踏まえていますが、回数はいい加減です。
次第に増えていくのが普通で、本稿も5つくらいから始まって今は9個の予定です。笑


灌漑用水などに興味を持っている人ってけっこういますね。ブログでも見かけます。
私もウオーキングなどで歩くうちに興味を持ちました。でも、地元範囲で、他県まで
出かけるほどのパワーは無いです。
水路に魚やザリガニがいると楽しいですが、高崎の堰で魚を見かけたことがないです。
河川からの取水ですから、いてもいい気がしますがね。どうしてだろう?
2024-03-12-04:00 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

「ブログ紹介」記事にコメント欄がないので、こちらにコメント致します。

 ここのブログはテンプレートをしっかりカスタマイズされたようで、システマティックな構成になっていますね。
記事の1つ1つもかなり丁寧に時間を掛けて作られているようです。
ブログ紹介ページに
>本当はホームページを運営したいのですが、
と書かれていますが、形名さんならば、ホームページ運営もこなせそうです。
2024-03-12-10:34 * ☘雑草Z☘ [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: 「ブログ紹介」記事にコメント欄がないので、こちらにコメント致します。

雑草zさん、コメントありがとうございます。

「ブログ紹介」にはゲストブックへのリンクが貼ってあるのですが、分かりにくかったですね。
私の使ってるテンプレートは以下のものを使ってるのですが、目次機能が優れていて私の
ホームページ的運用には適しています。
「*Essence」
オリジナルのテンプレートの見かけの部分はカスタマイズしてますが、基本機能はそのままです。
テンプレートを提供している人はwebデザイナーの人が殆どですが、これも同様です。
初めは別のテンプレートに自分で目次機能をコーディングしていましたが、性能が出ないので
使用を断念しました。
2024-03-12-16:06 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]

もとは、水路そのものよりもそこの生態系に興味を持っておりました。

 水路を覗いて魚が泳いでいるとほっとしたものです。

 以前の街中の職場の塀の外側を流れている、またげるくらい狭い堰に、熱帯魚のような青に赤い縞の魚が泳いでいた時は興奮しました。それが繁殖期のオイカワでした。その堰は小さく浅いのですが、小魚(アブラハヤなど)が沢山泳いでおります。台風の後などは大きい鯉も流れてきましたが、深さが足りずに横になってたのをすくったこともあります。鴨も泳ぎに来ます。多くの通行人は、そこの生態系が豊かな事に気付かずに通り過ぎていきます。

 経験上、河川からの取水でも三面張りで水流が強く、小石や泥や水草が生えていない堰には魚は見られません。流れてきても定着しないのでしょう。

 ところで、ここの記事の最初の私のコメント、「石畳」を「石垣」に書き換えたので、また「承認待ち」になっておりますので、承認宜しくです。
2024-03-12-20:41 * ☘雑草Z☘ [ 編集 * 投稿 ]

形名 Re: もとは、水路そのものよりもそこの生態系に興味を持っておりました。

雑草さん、こんばんは。

丁寧に修正してくれたんですね。ありがとうございます。

私のブログカテゴリに「メダカ」がありますが。私は魚が大好きです。
あいにく庭が狭いので、小型のメダカで我慢してますが。
水路を歩くときは、止水の場合はメダカがいないか何時も探しているのですが
見掛けないですね。といっても最近の話で、大昔はフナ、コイ、タナゴ、
ザリガニ、サワガニが堰にはたくさんいましたよ。
2024-03-12-21:33 * 形名 [ 編集 * 投稿 ]