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東国の古代史

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2011-01-12 (Wed)  22:31

思惟(1)

思惟1 
                     
我を過ぐれば憂ひの都あり。
我を過ぐれば永遠の苦患あり。
我を過ぐれば滅亡の民あり。
義は尊き我が造り主を動かし、
聖なる威力、比類なき智慧、
第一の愛、我を造れり。


永遠の物のほか、
物として我より先に造られしはなし。

しかして、我、永遠に立つ。
汝等こゝに入るもの、一切の望みを棄てよ。

 
 
13世紀のイタリアの詩人ダンテ・アリギエーリが書いた長編叙事詩『神曲』の一節です。正確には、『神曲』3部作のうちの「地獄篇」第3歌となる「地獄の門の銘文」。門自身が一人称として語りかける形をとっている。大体の意味は読み取れるが、韻文詩は難しくて正確なところは分かりません。
 
有名なフランスの彫刻家ロダンが、この「地獄篇」をテーマにした作品『地獄の門』を制作したことは、国立西洋美術館を見学したときに知りました。そして、後に『地獄の門』の中から単体作品として『考える人』が切り離されたことも。門の上部中央に座って下方を見ているのが、オリジナルの『考える人』です。 
 
思惟2 
  
 
昔から、美術の教科書に載っていた『考える人』が何を考えてる像なのか不思議でした。それは、単に抽象的に思考する人を表現しているのだと思っていた。しかし、実は『考える人』の原題は『詩人』であり、ロダンは「神曲」の作者であるダンテ自身
を描いているようです。つまり、ダンテ自身が地獄に落ちる人々の運命に思いをめぐらしながら、地獄の門を通過する人々を眺めている姿なのです。因みに『考える人』と言う題名はロダンが付けたのではなく、この像を鋳造したリュディエという人が付けたそうです。
 
一方、この像がロダン自身だという説もあります。はたしてどうなのか。この地獄の門という作品群はロダンが、ある美術館の建設にともなって発注をうけたものですが、その美術館建設は実現せず、依頼はキャンセルされています。それでもロダンは作品制作を止めず、自費負担で制作を続けたといいます。彼がこの作品に特別な感情を抱いていたのは確かでしょう。また、地獄の門の中には彼の息子達も描かれており、女性関係など私生活での悩みの多かったロダンが苦悩する自分を描いたと考える人も多いのです。
 
国立西洋美術館のホームページには、
 
《本作品はもともと、彫刻家ロダンの大作「地獄の門」の中央扉の上で、地獄の様相を眺めつつ思索に耽る詩人の姿として構想されたものである・・・やがてロダンは「岩の上に腰をおろして夢想する裸の男」を置くこととし、そして、男の中で「豊かな思索が次第に精緻なものとなる」と、「彼はもはや夢想する人ではなく、創造者となる」とした。『考える人』は、死すべき者=人間の悲劇的な運命について、永遠の思考を続ける普遍的存在となった。そこには内的な苦悩と思索の激しさが、凝縮された量塊となって形象化されている・・・》
 
とある。なんとも哲学的な説明で理解できません。
私には、思考に没頭する姿が写実性をもって描かれてると思うだけ。
それ以上の表現能力を持たない。でも、この像が表現する思考は、あくまで、“西洋的な思惟”のような気がする。何故、人間はこのような苦しみを背負って生きるのかを冷徹に分析しているように見えます。また、観察してる彼自身も苦しんでいるのかも知れない。
   
思惟3 
           静岡県立美術館の「考える人」
 
 
ロダンの『考える人』を見たいと思ったきっかけは、評論家「亀井勝一郎」の『大和古寺風物詩』を読んだことによる。この風物詩は亀井が昭和12年から数年間にわたって大和古寺を歩いた随想記です。初版が出版されたのは昭和18年というから、亀井が30歳から35歳位くらいにかけての執筆でしょう。まだ若いのに、その美術評論の切れ味は鋭い。特に、ロダンと飛鳥仏像との対比分析は素晴らしい。是非、自分の目でも見比べてみたかった。
 
 
 
 次稿に続く
  




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